欲しいもの、ひとつだけ
久しぶりのデートは、アスランの仕事が長引いたせいで、食事だけになった。
でもこういう時は、夜も付き合ってもらえるからとガマンしたシンは、勢い込んでデートに臨む。
そう。
今日のデート、シンには明確な目的があったのだ。
さりげなさを装うのは、もう諦めた。
ド天然のこの人に、そういうものはぜんぜん全く役に立たないと、さすがのシンも学習した。
だから。
「アスランさん、誕生日、何が欲しいですか？」
もぐもぐとピザを咀嚼するアスランに、そう、ストレートに聞いたのに。
「・・・お前、かな」
ごくん、とと飲み込んですぐの口でそう答えられて、シンは二の句が継げられなくなった。
こ・・・これは喜んでいいのかな？でも待てよなんだかアスランさんぼんやりした感じだし、何にも考えてないかも。ああでも何も考えないでこの答え？やばい凄い嬉しい！でもなんにも解決しない！！
「・・・あの、アスランさん」
仕切なおし、と顔を上げると、アスランはピザソースのついた指をぺろりと舐めて。
「何だ？」
そう、首を傾げるから。
「その答え、嬉しいんだけどさ、でもさ」
そこまで言ったシンの目の前に、さっき舐められた指が、つい、と伸びた。
「シン、そっちのサラミの、一枚もらってもいいか？」
でもさ。
あの、さ。
もうちょっと、俺の言うこと聞いて欲しい。
俺の言いたいこと、わかって欲しい。
シンは、ちょっと悲しくなった。
「いいですけど、アンタの一枚ください」
「ああ」
ピザを一枚交換して。
たぶんまた、昼食を取り損ねたんだろうなぁとはっきりわかる食欲で、その一枚を食べ尽くして。
「もう、誕生日が嬉しいような年でもないだろう」
どうやら、ちゃんと聞いていたらしいアスランは、シンの問いにナナメに答えた。
「でも！お祝いしたいじゃないですか！」
そう主張したシンを横目に、アスランは食事を続けて。
「・・・・・」
もぐもぐもぐ、ごっくん。
「あ、今面倒だとか思った！絶対そうだ！」
そう確信したシンは、がったん、と椅子を蹴って立ち上がった。
あーもう！なんで俺こんなヒト好きになっちゃったんだよ！
「シン、座れ」
衆目を集めてしまった恋人を、まるで犬でも叱りつけるようにたしなめて。
アスランは、まっすぐにシンを見上げて言った。
「・・・思うわけないだろ。お前がそう言ってくれてるのに」
嘘をつこうとか、何かを誤魔化そうとか。アスランが、そういう慣れないことをしようとすれば、シンにだってすぐにわかる。
だから、これはホントに本当。
だからシンは、しぶしぶと大人しく座った。
「なら、欲しいものくらい教えてくれたっていいじゃないですか」
「だから、お前が欲しいと言っているんだが」
「うー」
唸ったシンを横目に見て、アスランはピザに手を伸ばし。
「いや、しかし」
冷めてきて、くっついたチーズを剥がしながら。
「まさかお前と、こんなに長続きするとはな」
また、無神経な発言をしてくれて。
「何ですかそれ！？」
また立ち上がりかけたシンは、次の言葉にわめきかけたことを全部忘れた。
「だって、お互い、今生きていること自体が不思議だろう」
戦争中に死にかけたアスランと、戦後、デュランダル議長に荷担したせいで粛正されかかったシンと。
確かに、いろいろ危なかったけれど。
「・・・だから」
もぐもぐ。
ごっくん。
「お前の気持ち、嬉しいよ」
だから、と、アスランはまた、続けた。
「お前がいてくれれば、それでいいんだ。他には何もいらない」
ぺろり、ぺろりと、アスランはピザソースの付いた指を舐めた。
シンの方は、見ていなかった。
あ。
そこで、シンはやっと気が付いた。
「アンタさ」
「何だ？」
この感じには、覚えがある。
ケンカをして、仲直りしようとしてるとき。
セックスして、たくさんあんあん啼いちゃったとき。
照れくさくて、でもどうにかしたくて、でも、どうしていいか、わからないとき。
アスランさん、こういうカンジになるんだ。
「・・・何でもない、です」
シンはそう言って、自分のピザに手を伸ばした。
アスランも、同じように舐めたばかりの指でピザの生地をつまんで。
もぐもぐもぐ。
ごっくん。
黙ってまた、空腹を満たしだしたアスランを横目に見ながら。
シンは、自力でプレゼントを決めなくちゃと思った。
そうして、それから。
ずっと、この人と一緒にいようと思った。
この人が欲しいもの、ちゃんとあげようと思った。
もう二度と、なくさないようにしなくちゃと思った。
もう、二度と。
「さて、行くか」
支払いを済ませて外へ出る。
時計を見る。夜はまだまだこれからだ。
「はい。あ、俺ん家来ます？」
そう、わくわくしながら聞いた年下の恋人に、アスランはけろりと手を振った。
「いや、これから夜勤なんだ」
シンは、呆然となった。
「は！？だってアンタ日勤だったじゃん！」
「いや、昼間は開発の方に呼ばれていたんだ」
じゃあまたな、と頬に不意打ちキスをくれて去っていくアスランの背中に。
「・・・アンタって人はーー！」
シンの叫びが、当たって、落ちた。