欲しいもの
くしゃくしゃと、自分の髪を撫でるアスランの手を心地よく感じながら、シンは、きゅうっとその人を抱きしめた。
髪に絡んだ指が止まる。
そうしてすぐにまた、くしゃくしゃと。
裸の胸は、ほんのりと汗の匂い。
まだ少し熱くて、でも、鼓動はもう緩やかだ。
行為の後の、穏やかな時間。
幸せな、時間。
「・・・・ねえ、アスランさん」
「ん？何だ」
とろんと眠そうな声が返って、髪を撫でる指がまた止まる。
このままじゃ、すぐ寝ちゃうな。
そう思ったシンは、前置きなしに切り出した。
「誕生日、何が欲しいですか？」
アスランの趣味はケッタイで、常識人のシンには、どれだけ付き合ってもよくわからない。
なら、単刀直入に聞いてしまうのが一番だと、気がつくまでにはだいぶ時間も掛かったのだけれど。
「ん・・・・・」
ああ、このままじゃ、返事もらえるまでに寝ちゃう。
そう思って、伸び上がって。
既に半分寝息をこぼしているような唇に、キスをして、舌を絡めて、無理やり起こして。
「ねえ、アスランさんってば」
ちゅ、と、音を立てて離れれば、幾分かはっきりとした緑の瞳が瞬いて。
絡めたせいで、半分覗いていた舌が、濡れた唇をぺろりと舐めた。
「じゃあ・・・」
そうして、紡がれた『欲しいもの』に、シンはがきりと固まった。
アスランは上機嫌だった。
半分寝ぼけて強請った誕生日プレゼントだったけれど、それがもらえると思うと結構わくわくする。
嬉しい。
誕生日だから、と、ちょっと頑張ってシンが作った夕食。
なんでいつもハンバーグなんだよとかは、機嫌がいいから今日は言わない。
ケーキは、デコレートされた小さめのシフォンケーキがまるごとで、二人で美味しく平らげた。
それから。
「シャワー浴びてくる。・・・・ああ、お前先に浴びるか？」
アスランに機嫌よくそう言われ、シンはぶんぶんと首を横に振った。
なんてゆーか、こう、心の準備ができてない。
「そうか」
そんなシンの様子になど気づかない様子で、アスランは皿を洗っていたシンを置いて、さっさとシャワーを浴びに行ってしまった。
「・・・・・はーーーーーっ」
シンはなんだか大きなため息だ。
でも。
「でも、あんな嬉しそうにされたらさぁ・・・・」
やっぱりダメ、とは言えないし。
でもでも。
「うーーーー」
背中を小さく丸めたシンは、それでもちゃんとお皿は洗った。
ぴかぴかに、洗った。
ベッドのシーツは、この間買ったばかりのやつだ。さらさらしていて気持ちいい。
シンが暴走したりアスランが暴れたりするので、ダブルのシーツは完全な消耗品。
その上にころりと寝転がされて、シンは呆然と、アスランを見上げていた。
「今日はお前、何もするなよ」
「あ・・・はい」
「一応、縛っておこうかな・・・」
「やめてくださいってば」
「仕方ないな」
仕方ないのはアンタだ！
と、そう思ったけれども黙っておく。
そう。
アスランが、誕生日に欲しがったプレゼントは、
『じゃあ、俺がしていいか？』
だったのだ。
ダメだなんて言えなかった。
言えなかった、けども。
「アスランさん、くすぐったい」
「え、そうか？」
「はい。・・・・っ、て、わ、ふっ」
昔に比べれば、随分と筋肉の付いた腕をたどって。
二の腕の内側を撫でて、思ったよりも柔らかだったその肌に、ちゅ、とキスをすると、シンの腕がひくんと跳ねた。
「犬みたいだな。色気ないぞ」
「あってたまるか・・・」
「そうか？」
もう片方の手首を取って。
筋と血管の浮いたそこに、また、唇を落として。
「お前、結構セクシーだと思うんだけどな」
ざっと見下ろした恋人の体を、アスランはじっくりと目で愉しんだ。
どうも止まってしまったらしい身長は、結局アスランにはほんの少し届かなかった。
それでも伸びやかな手足には綺麗に筋肉が付いて、シンが少し身じろぎするだけで、しなやかに筋が浮いて。
例えば、走るために生まれた狼のように。
きれいな、体。
なのに、赤い瞳がちょっと困ったみたいに見上げてきて、もう成人したというのに、子犬の風情を醸し出す。
それが、アスランにはたまらない。
「セクシーって・・・」
何故だか尖った唇に、キスをして。
喉仏、鎖骨の窪み、心臓の上へと下ろしていって。
そうして、自分がよく感じる胸の先へと吸い付いてみると、シンの体が、まるごと跳ねた。
「い、んっ！」
やっぱりシンも、ここ気持ちいいのか。そうか。
そう思うと嬉しくて、ちゅうちゅうといっぱい吸ってみる。
「ちょ、アンタ、それやめ・・・っ」
やめない。
だって、シンだってアスランがやめろと言って、やめたためしがないのだから。
吸い付いていない方の胸は、手のひらでさらさらと撫でていたのだけれど、やっぱり乳首に当たると尖って気持ち良さそうだった。
後でこっちも吸ってやろう。
そう思ってアスランは、その手を下ろしてわき腹を撫でる。
くすぐったいのか、気持ちがいいのか。
判然としないシンの肌が、ふるふると震えて身をよじった。
手のひらいっぱいに感じる、筋肉の動き。
楽しい。
気持ちいい。
「ホントに、ちょっと、勘弁・・・」
「やめないぞ」
「わかってるけど・・・！」
こんな楽しいことやめられるか。
いつも勝手に飛びつかれて、押し倒されて乗られて触られて。
たまには俺だって、シンに触りたいのに。
愛したい、のに。
こんなふうに。
「ふぁう」
腿の内側にキスをすると、なんだか変な声が上がった。
湯上りだというのに、シンの匂いが濃い気がして、そのまま脚の間に顔を突っ込もうとして。
やっぱりやめたアスランは、よいしょと片足を膝の上に上げて、それをしげしげと眺めた。
「何、見てんですか」
「いや」
膝小僧の微妙な凹凸をしつこく撫でて、それから脛を通ってくるぶしまで。
踵を手のひらに包んだかと思うと、いきなり指に齧りついて。
「イッタ！てか汚い！キタナイから！」
「お前だってよく舐めてるだろうが」
「もうしない！しませんだからー！」
指の間に舌を突っ込まれ、不意を付いたように歯を立てられる感覚は、じっとしていられないほどだった。
たぶん、アスランの拙い愛撫にも感じてしまっていたのだろう。
それでもそんなところを舐められるのが嫌で、シンはぶんぶんと首を振った。
それに。
自分の膝の向こうに見える景色。
足の指を口に含むアスランの姿は、その。
「ふぐ。・・・・ん、ん？」
ちゅく、と、指を吐き出して。
「感じたのか？」
満面の笑みに腹が立つ。
「てか、たぶん俺足とかちゃんと洗ってないから！やめてくださいよ！」
「仕方がないな・・・」
不満げになったアスランは、しかしぽいとその足を放り出した。結構酷い。
しかも。
「じゃあ」
そう呟くと、ぐいと膝を掴んで広げ、当初の目的どおり、シンのそれに食らいついた。
「んっ・・・・」
シンのものを咥えることは、結構よくしていることだ。
だから、どうすれば気持ちいいのかも、よく、知っている。
アスランの愛撫で既に立ち上がっていたそれは、アスランの口の中で更に育って。
気持ちよく、なって。
「待っ・・・て、くださいよ。イっちゃ・・・」
藍色の頭を引き剥がそうと、両手で掴んだところで。
「ん」
「っわ！」
やめろと訴えたはずなのに、更に吸い付かれて、こらえ切れずにシンは吐き出してしまって。
それを口で受けたアスランは、いつもどおり躊躇いなく、それをこくりと飲み込んだ。
「・・・アンタ、さ・・・・・・」
「何だ？」
生き生きと、嬉しそうなアスランの顔。
口の端には、白い粘液が少しばかり付いたまま。
えっと。
「何でもない、デス」
「なら、続けるぞ」
「ハイ」
シンはなんだか殊勝になりながら、腕で顔を覆って、内腿に触れる唇と、吐息のくすぐったさに耐えた。
「凄いな、さっき出したばかりなのに」
「俺が抜かないで何回アンタのナカで出せたと思いますか」
「あれな。お前のがふやけるんじゃないかと少し心配したぞ」
「ふやけてたまるか・・・・」
てか、今は違うこと心配してくださいよ。
ホントにできるんですかアンタ。
てか、ホントにされて平気なのか、俺。
アスランは、相変わらず嬉しそうにシンの足を弄くっているのが、見なくてもわかる。
時折、足の間の、一回吐いたくらいでは、治まりのつかないものにも触れて。
シンに、じれったい快感をくれて。
それで。
「・・・・・ん、も、いいかな」
「良くないですよ！ちゃんと、その、準備とか！」
「したぞ」
「してない！痛い！このまんまじゃ痛いって！」
「信用ないな」
「あるわけないだろ！」
「大丈夫だ」
まだ後ろにも振れずにそんなことを言う、まったく信用できない恋人に、そう断言されて。
シンは、さすがに暴れようと体を起こした。
そうして、見てしまった。
「・・・・こら、動くなって」
シンの足の間で、シンの脚に片手を掛けながら。
自分の脚の間に手を突っ込んで・・・・シンの位置からは見えないのだけれど、恐らく、自分の、シンと繋がる蕾を弄っているアスランの姿を。
「な・・・ナニやってんですか！」
「何って、するんだろう。動くなよ、シン。俺がするって約束だからな」
アスランはそう言うと、シンのものを無造作にぐいと、しかし、掴まれてみると意外とやさしく、引っ掴んで。
そうしてずるりとそこから指を抜き取り、濡れて光る隠微なその先にシンがうっかり見蕩れている間に、投げ出されたままだった脚を乗り越えて、シンの上に跨った。
じゃ、あ。
この人。
俺のことヤりたいとかそういうんじゃなくて。
「動くなよ・・・勝手にしたら、ただじゃおかない」
そう、物騒に呟くと、アスランはシンのものを自分のそこにあてがって。
そのまま、ゆっくりと腰を落とした。
「ん・・・っ」
「・・・っく」
いつもの場所に、ぬるりと包まれていく感覚。
でも、いつもより熱い。
いつもより、きつい。
「や・・・っぱ、痛く、ない？」
「平気、だ」
そう言ったアスランの、眉間にしわが寄っている。
それでもゆっくり、ゆっくりと、最後まで飲み込んでしまってから。
ほう、と、満足げに息をついて。
「シンの、は、気持ちがいいな」
そんな、可愛いことを言ってくれるから。
「・・・・っ！」
我慢しきれなくなったシンは、思わずアスランの腰を掴んで、突き上げようとして。
ぐっ、と、体重を掛けられて、止められた。
「ん、あっ！・・・っ、だから！動くなって！」
「だ・・・って」
体重を掛けるということは、もっと深くなるということで。
奥の奥、信じられないようなところまでシンを飲み込みながら、ふるふると震える腰を叱咤して、アスランは慎重に、しかし一生懸命に、腰を使い出した。
「俺が、する、から。だから、っ、は、っ！」
お前は、大人しくしてろ。
そんなこと言われて、乗られて。
くちゅくちゅと、気持ちいいナカで擦られて。
シンは、このままこの人ひっくり返して、思い切り突き上げたい衝動を、必死になって我慢した。
だって、たぶん俺が。
この人の、誕生日プレゼントなんだから。
我慢しているものだから、ソレもふるふる我慢して、なかなかイかなくて。
アスランは、存分に十二分に、シンの体を堪能したのだった。
「・・・・なんか、俺がプレゼントもらった気分なんですけど・・・・・・・」
「そうか？」
なんだかいつもよりぐったりしながら、アスランの腕の中でシンが呻く。
結局あの後、頼み込んでシン主導でヤらせてもらった。
それでもやっぱり、乗られた衝撃は大きくて、シンは大きくため息をついた。
ああもう、カン違いしないで心の準備が出来てれば、もっと堪能できたかも知れないのに！
そんなシンの煩悶なんぞ、まったく全然気にもしないで。
アスランは、シンの頭をくしゃくしゃと撫でて可愛がっている。
「十分、嬉しいプレゼントだったぞ？」
「・・・・・そうですか？」
まあ、確かに楽しそうではあったけれど。
そう思いながらも、いぶかしそうなシンの赤い瞳を、目を細めながら見下ろして。
「ん・・・・、こんな良いものもらえるなら。生まれてこれて、・・・・生きていて。良かったと思うくらいには、な」
くしゃくしゃと、シンの髪を撫でながら。
自分より、何がどうやってもどーしても、少し小さい体を抱き寄せながら。
密着した視界の隅で、アスランの唇が、ほんとうにほんとうに幸せそうに、笑んだ。
その言葉の意味を。
貴重さを。
とてもよく知っていたシンは、そのままがばりとアスランに抱きついた。
「・・・・なんで、お前が泣くんだよ」
「だって、だってさ・・・・！」
いつだって、死にそうなカオしてたこの人が。
死にたそうなカオしてた、この人が。
生まれてきて良かったって。
生きてて、良かったって。
そう言って、くれるなら。
「俺なんか、全部アンタにやる」
「・・・・それは」
アスランは、虚を突かれたように、一瞬、絶句して。
それから。
「じゃあ、俺もお前にやらないとな」
そう言って、キスしてくれた。
しあわせな、キスだった。