Horror Movie
それは、上官からもらった二枚のチケットから始まった。
「おい小僧、貴様、映画は見るか」
「え、あ、ハイ」
鬼と呼ばれる上官が、いきなりそんなことを言い出したので、面食らったシンはキョトンと間抜けな顔をさらした。
彼の恋人たるアスランの言う、「凄く可愛い顔」だ。
「そうか」
しかし上官はそんな部下の様子などかまわずに、書類挟みから二枚の小さな紙切れを取り出して、シンに渡した。
「ラクス・クラインに押し付けられたんだが、俺は行っている暇がないからな。やる」
それは、最近封切られたホラー映画のチケットだった。
見たことのないシンでも、だいたいの内容は知っている、３回はリメイクされた有名な話だ。
「え、いいんですか？」
「いらなきゃ、ディアッカにでもくれてやれ」
思わず聞き返したシンに、イザークは変わらずしかめつらしい顔をしている。
「いえ、もらいます！ありがとうございます！！」
シンは慌てて、そのチケットを受け取った。
二枚ってことは、アスランさんと行けってことだ。
シンはへらりと頬を緩めた。
この上官は、実はシンの恋人の、昔の男だ。
だから。
だから・・・というわけではないのだろうけれど、男としていろいろ（いろいろ！）負けていると認めざるを得ない彼には、アスランのことで、いろいろとからかわれるわ苛められるわでもアドバイスしてもらえるわ協力してもらえるわ。
いろいろ複雑なのだけれど、これはきっと「協力」の方なのだろうとシンは思った。
・・・もしかしたら、本当に余っただけなのかも知れないけれど。
「それからこれをディアッカに持って行け。・・・・提出期限厳守だと、くれぐれも言っておけ」
「はぁい」
渡された書類挟みを大事に抱え、シンは軽い足取りで、先輩の下へ走った。
上官は、その背中を眺めて、ふい、と笑って。
それから、さっさと仕事に戻っていった。
「これ、隊長からです。提出期限だって、くれぐれも言っとけって」
「げ、見積もりじゃん。金の話はシホじゃないのかよ」
「でもこれ、ディアッカさんのザクですよね」
「見積もられてもなー、この通りになんかいかねーじゃん」
「そりゃ、そうですけど」
ぶつぶつ言いながらも書類を受け取ったディアッカは、シンが別に持っていた、二枚のチケットに目を留めた。
「んで？それはご褒美の前払い？」
「え？これは俺がもらったんですよ！」
あげません。と睨む少年の手元を、ディアッカは遠慮なしに覗き込んだ。
「あ、これリメイクしたんだってな。おれ、これの一番古いのネットで見たぜ。結構面白かった」
「へぇ」
シンは、手の中のやたらとリアルな化け物の印刷されたチケットを見下ろして。
それから、少し声を落とした。
「あの、怖かったですか？」
「ああ、お前怖がり？」
ニヤリと笑った先輩に。
「何言ってんですか！そんなんじゃないですよ！」
一度怒鳴ってから、シンは慌ててまた声を小さくして。
「ただ、あの・・・ちょっと、グロいのとかはダメで」
「そうだな、グロくはあったけど。ホラーであってスプラッタじゃねぇし。それにこれ、R１２だろ。たいしたことないって」
はぁ、と気のない返事をして、シンはまた手元のチケットを見下ろした。
シンの恋人は、何があっても動じない人だ。
時々、神経が牽引索かなんかで出来てるんじゃないかと思うほど、鈍い人だ。
しかし。
シンだって、MSパイロットなのだ。
MSパイロットは、どんな状況でも平常心を保たなければならない。
シンは、優秀なパイロットだ。
それだけは、あのいちいちうるさい隊長だって認めてくれている。
映画くらい、どうってことないだろ。
何やら一人で頷いたシンに、ディアッカはひとつアドバイスしてやろうかと、ほんの少し、迷った。
「じゃ、期限厳守ですからね！」
「お前が言うな。書類仕事みんなアスランに押し付けてるくせに！」
「だって俺がやると間に合わないんですよ！」
しかし、シンは軽口を叩き合うと、さっさと行ってしまって。
まあ、大丈夫だろ。
無責任に納得すると、ディアッカはしぶしぶと書類を開いた。
面倒くさい数字の羅列に、シンのことなど、ものの数秒で忘れた。
二人に休暇スケジュールを合わせるのは、簡単なようで意外と難しい。
基本が戦艦勤務のMSパイロットなのだから、基地に戻っている時には休暇が取りやすいはずなのだけれど、アスランの体が何故か空かない。
「あんた余計な仕事引き受け過ぎ」
「そうか？別の他にすることないんだから、いいだろ」
けろりとそう言うシンの恋人。
「・・・俺と過ごすとかは考えないわけ？」
「仕事でいつも一緒だろうが」
「あんたって人は・・・・」
キレやすいシンでも、怒る気も失せた。
それでも、気を取り直して。
「二人で映画なんて、初めてですよね！」
明るく笑ったシンを、やさしい目をして見下ろして。
アスランは、こくりと頷いた。
「ああ、そうだな。いつもはお前が部屋に押しかけてくるだけだもんな」
「あんたが捕まんないからでしょうが！ったく、たまには俺の部屋にも来てくださいよ」
「うん。そのうちにな」
「そのうち、そのうちって・・・・いつになったら来てくれるんですか」
アスランは、今まで一度もシンの部屋に来てくれたことがない。
「まあ、そのうちだ」
「だから、そのうちっていつ！？」
シンは、甘えたようにアスランに纏わりついた。
待ち合わせて、お茶をして。
そんなデートは初めてで、シンは少しはしゃぎ気味だ。
平日の昼だったから、シアターは程よく空いていた。
そうして始まった映画に、シンはバケモノが飛び出すたびに大騒ぎして。
アスランは、そんなシンを珍しくたしなめることも怒ることもせずに。
ただ、じっとスクリーンを見ていた。
「すげー怖かった。つかグロかった！ディアッカさんの嘘つき！」
「・・・・ディアッカ？」
「はい。なんか前の見たとかで。ホラーだからグロくないって嘘つかれました！」
「前の、だから。違ったんだろう」
「そーかなぁ。あ、俺、怖いのわりと平気なんですけど、グロいのダメなんですよ」
シンもちょっとだけ嘘をついた。
本当は怖いのもダメだけど。映画凄く怖かったけど。
でも、恋人の前で、そんなこと言えない。
「そうか」
「死体とか、言いたかないけどもう平気だけど、あのぐちゃぐちゃのどろどろでうごうごしてんのが・・・・げー」
「そうか」
「ああでも！あのクローゼットからばーん！ってのはびっくりしましたよね！」
「そうか」
怖いのを吹き飛ばすようにはしゃぐシンのおしゃべりを、ただ、頷いて聞いていたアスランは、シンが次のネタを探し出して話し出す前に、妙に潤んだ翠の瞳で、シンを見た。
「・・・・シン」
「あ、はい」
ちょっと、ドキリとする。
アスランは、いつもの無表情だ。
怖いの誤魔化したくって、騒いでたのバレたかな？
シンも思わず、神妙な顔でアスランの方へ向き直った。
「・・・今日は、泊まっていかないか？」
「え、いいんですか？！」
アスランさん家に泊まるってことは、させてもらえるってことだ。
シンは飛び上がって喜んだ。
いつもだったら、シンの方から拝み倒してやっとさせてもらってるのに。
すげえ！どういう風の吹き回し！？
「じゃ、行きましょう！」
アスランの気が変わらないうちにと、シンは彼の腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていった。
映画の怖さなんか、もうどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
勝手知ったる恋人の家。
部屋に着くなりシャワーを借りようとしたシンは、いつもの偉そうな態度とは、ちょっと違うアスランに、ごくごく控えめに引き止められた。
「あの、な、シン」
「あ、はい、メシのが先ですか？」
「いや」
それでもいいんだが、と、前置いて。
アスランは、思ってもみない提案をしてくれた。
「一緒に入らないか？」
「ええっ！」
一緒に風呂！？
実はそんなこと、一度はやってみたいと思っていた少年は、勢い良くこくこくと頷いた。
「はいっ！入りましょう！！」
今日は一体どうしちゃったのこの人！？
ずかずかと狭い脱衣場に入り、ざっくりと服を脱ぎ捨てたアスランは、思わずじっくりと眺めてしまったシンを見て、怪訝そうに首を傾げる。
「どうした？」
「え、あ、なんでもないです！」
ばっさばっさと服を脱ぎ、アスランよりも先に浴室のドアを開けたシンは、シャワーを出して温度を見た。
「じゃあアスランさん」
「洗ってやろうか？」
「いえ、俺が洗ってあげます」
「・・・いい」
「なんで！」
だってそのためにの一緒にお風呂でしょ！？
「お前に洗われたら、変なことをされそうだからな」
「そのために一緒に入るんでしょ！」
「なんでそうなる！」
アスランは、翠の瞳を見開いた。
「なんでそーなんないんですか！？」
シンは、赤い瞳に涙を浮かべて地団駄を踏んだ。
ああもう！この人ここまで天然だなんて！
そんなこと、・・・・知ってたはずだったのにー！！
「だったらなんで、一緒に入ろうなって言ったんですか！？」
「それは・・・俺の勝手だろう！」
「勝手じゃないです！期待しちゃったじゃないですか！コレどーしてくれんですかーー！」
シンのものは、もう勝手に大きくなり始めている。当たり前だ。
なのに、アスランはそれに本当にほんとうに想定外だったらしく、ホラー映画を見ながらもまったく動かなかった表情を、驚愕に変えて。
「なんでお前・・・ああもうわかった！洗ってやる！！」
「だからなんでそうなるかなって・・・わーーーーっ！」
アスランは、シンを床に引き倒した。
樹脂製のそれに尻餅をつき、文句を言おうとしたシンは。
もうだいぶ大きくなってしまったそれを、ぱくりと咥えられて、固まった。
「あんた！」
「ん」
「わーーーっ！」
だってそんな。
いつもだったら、もの凄く機嫌のいいときを見計らって、ねだって、それでもしてもらえるかどうかのフェラをそんなあっさりと！
びっくりしたシンのものを、しかしアスランは黙々と・・・ちゅくちゅくとしゃぶりだした。
シンのものを包んだ熱い粘膜。
シンのものの形に添って、這い回る舌。
シンのものを含んだ、唇のエロさ。
たぶん、上手くはないはずだけれど、それでも大好きな人にされていると思うと、正直なそれはたちまち最大限まで大きくなって・・・・
「ちょっ、待っ・・・・も、ダメだって！」
シンは、とぷ、と、アスランの口の中へ吐き出してしまった。
「・・・出すなよ」
「ムリ言わないでくださいっ！」
喚いたシンの上から、ざーっと冷たいシャワーが降りかかる。
「っ！ナニすんですか！？」
「うるさい」
そのシャワーで口をすすいでから、アスランは尻餅をついたままのシンを無視して手早く体を洗い。
そうして。
「さて。・・・・洗ってやる」
「もうい・・・いいって言ってんだろーーー！！」
それでも、手荒くアスランに洗ってもらえて。
ちょっと幸せなシンだった。
そのままなだれ込むのもあんまりなので、その前に、と、夕食はやっぱりピザを頼んだ。
いまだに成長期（自称）のシンのために、ラージサイズだ。サイドメニューのサラダも付けた。
それを待っている間じゅう、アスランは珍しく、ソファに座り込んだシンにぴったりとくっついていてくれた。
いつもだったら、同じ隣に座るのでも、もう少し離れているのに。
嬉しい。
嬉しい・・・けど。
ピザより先に、この人喰いたい・・・・
そんな状況に陥って、シンは隣のぬくもりを、困ったように見やった。
「何だ？」
「いえ。・・・ピザ、遅いですね」
「そうか？頼んだばかりだろ」
「そうですね・・・・・」
二人、そのままなんとなく黙って。
静かな部屋。
ぴたり、と、アスランがくっつく。
えっと、えっと。
もしかして、誘ってるのかな？
でも、ピザ届くし。
そんなとき、アスランは絶対にさせてくれないし・・・・
ぴとり、と、アスランがいっそうくっつく。
静かだな。
ますますヤバくなりそうだったシンは、頭を冷やそうと、努めて今日見た映画を思い出した。
確か、こんなふうに急に静かになって、それで・・・・
ぴんぽーん
びっくぅ！！
チャイムが鳴って、シンは思い切りすくみ上がって、ぎゅっっとアスランにしがみ付いてしまった。
映画じゃドアを激しく叩く音だったけど、でもびっくりした怖ぇ！
でも、すぐにそれどころではないことに気がついた。
だって。
アスランも。
同じように、シンにぎゅーっとしがみ付いていたから。
えっと。
あの。
「アスランさん・・・・？」
「・・・・・・・・」
ぴんぽーん
びくぅっ！！
再び鳴らされたチャイムに、アスランは激しく身を竦ませた。
シンに、抱きついたまんまで。
えっと。
これは。
「アスランさん、あの、ピザ屋・・・・・」
アスランの怯えように、シンの方が冷静になってしまった。
たぶん、頼んだピザが届いたのだ。
「あ・・・あ、ピザか・・・・・」
アスランは、恐る恐る、というふうに顔を上げて。
それから、とても。
とーっても、きまり悪そうにシンを見上げた。
ぴんぽーん
びくっ
それでもまだびくつく、アスランが可愛い。
シンは、思わずくすりと笑って。
「もらって来ますけど。一緒に来ます？」
アスランは一度。
凄く、もの凄く悔しそうな顔をして。
しかし、無言でこくりと頷いた。
ピザ屋が帰った後、どうも本気で怯えていたらしいアスランのために、二人でいるときにはめったにつけないテレビをつけた。
スイッチを入れたら、いきなり『プラント心霊現象特集』だったのはご愛嬌だ。
すぐさま換えたチャンネルは、アスランは絶対見ないだろうクイズ番組だった。
『さて、これを最後まで食べ切れたのは誰でしょう！？』
もの凄くどうでもいい。
でも、アスランは変えろとは言わなかった。
「でもびっくりしました。あんた、平気そうな顔して見てたじゃないですか」
瞬く間にピザを一切れ平らげたシンは、二切れ目に手を伸ばしながら言った。
「どうしたらいいか、わからなかっただけだ」
どうやら平気な顔をしていたわけではなく、ただ単に、固まってしまっていただけらしい。
「苦手なんだ、ああいうのは・・・・・」
ピザを齧るシンに、アスランは、らしくない、小さな小さな声で言った。
小さすぎて、音量を上げたテレビに紛れて聞こえづらいくらいだ。
「意外です」
嬉しそうに言ったシンを、翠の瞳が恨めしそうに睨む。
アスランはピザには手を付けずに、サラダのパックを抱え込んだ。
「母が。・・・・何も言わなかったけれど、時々、何もない部屋の隅を見ているような人だったんだ」
「猫みたいですね」
「猫？・・・ああ、そうかもな。見ているのに、何も言わないんだ。それで、何かあるのかって聞くと、『あら、じゃあ言わない方がいいわね』って！」
「それ、やっぱオバケとか？」
恐る恐る聞いたシンに。
「知るか！」
怒鳴ったアスランは、そのままサラダを掻き込んだ。
その晩。
いつもより可愛い恋人を、シンは、いつもより頑張って可愛がってあげた。
そう、怖がる間もないくらいに、たっぷりと。
「ヒドイですよ、隊長、知っててチケットくれたでしょう！！」
翌日。
シンは上官に会うなり食ってかかった。
「相手の趣味も把握していない、貴様が悪い」
「ひっでーー！」
「ああ、やっぱダメだったか」
「あんたも！知ってたんなら止めてくださいよ！」
一緒だったディアッカにも、もちろんシンはぎゃんぎゃんと噛み付く。
「悪ぃ悪ぃ。だって随分前の話だったし。皆でビデオ見てさ。泣きそーだったの。ありゃイザークいなきゃ泣いてたね。うん」
「あれは見ものだったな」
「だなー」
「あんたたちはーーー！！」
喚いたシンに、しかしイザークはニヤリと笑う。
「しかし、その調子ならいい思いもしたんじゃないのか？」
「そりゃ、ちょっとはしましたけど」
実は、だいぶしたけども。
「でも！お母さんが見る人だったって！トラウマじゃないですかいろいろと！！」
あの人トラウマだらけでもう何が何だかー！
騒ぐシンを冷たく見下ろして、しかし上官は微動だにしない。
「それだけか」
「それだけって、まだこれ以上、何かあるんですか！？」
フン、と笑われて、シンのテンションは上がる一方だ。
「お前、あいつが第７倉庫と地下の霊安室と、それから・・・・あちこち、行きたがらない場所があるのを知っているか？」
「へ？」
それなら、俺の部屋、来たがらないけど。
ぽかんとしたシンに、ニヤリと笑ったイザークは、そのまま意地悪く続けた。
「絶対に見ようとしない場所、というのもあるな。・・・管理棟の大会議室なぞ面白いぞ。あそこで時間を聞いても、絶対に時計の方は見ずに、端末を引っ張り出そうとするからな」
「・・・それって」
ざーっと、シンの顔から目に見えて血の気が下がった。
「センサーの一種だと思え。本能的に避けているだけだろうからな」
「ま・・・待って下さいよ！あの人、俺ん家に絶対来ようとしないんですけど！」
初めて誘った時は、途中で回れ右をされた。
それ以来、いくら誘っても、まったく近寄ろうとしない。
「お前が気にならなけりゃ、問題はないだろ」
「貴様は官舎だったか。部屋変えの申請は、俺じゃなく厚生部の施設課だからな」
「ちょ・・・っ、俺そーゆーの苦手なんですよ！脅かさないでくださいよ！！」
思わず白状した少年は。
「フン、MSパイロットが何を言う」
「そーそ。よっ、エースパイロット！」
二人に早速からかわれ。
「それとこれとは別ですーーー！！」
騒ぐシンを面白そうに眺める上官たちの側を、何やら封筒を抱えたアスランが通りかかった。
「シン！いくら嫌いでも上官だぞこいつは」
「上官をこいつ呼ばわりするな馬鹿者」
「俺が言っても気にもしないくせに・・・・」
「誰のせいですか誰のーーーっ！」
喚いたシンは、その日、早速部屋変えの申請を出して。
正当な理由がないからと、見事に却下されたという。