ほんとうのこと
何故、こういう関係になったのか、今ではもう判然としない。
彼に憧れていたのは本当だし、なんだかかわいそうだと思ったのも本当だ。
そして、いちいち偉そうなのがムカつくのも、何を考えてるのかわからなくて、腹が立つのも本当で。
偉そうな割にはたいしたことないと、軽蔑したのも、また、本当。
ぜんぶ本当で、結局なんだかわからない。
それでも、シンは相変わらずアスランの部屋に行くし、アスランも、変わらずそれを受け入れる。
奇妙な、関係。
「やっ、シン、もうっ・・・」
「ダメ、ですよ」
「あっ、ああっ・・・ふ、くぅ」
「すっごい、ナカきつい。気持ちいいんですか？・・・でも、まだダメ」
「シン、シンッ、もう、ゆる、し・・・」
「だって今日、この艦守ったの俺ですよ。あんた役立たずだったんだから、ご褒美くらいくれなくちゃ」
最近、急に痩せたように思う背中を掻き抱き、激しく腰を揺すれば、上がる泣き声。
淫らにシンをのみ込む内壁は、もう随分傷つけられているというのに、それでもシンにまとわりついて離さない。
「やっ・・・やぅ・・・・・」
「イイ声。ねえ、アイツの前でもこんな声出したことあるんですか？」
あんたが、あの戦場で相手にしてたアイツって、もしかして？
ふと思いついたことをそのまま口にすると、組み敷いた体がびくりと強張った。
続いて藍色の髪がばさばさと振られ、否定の仕草を見せたけれど、シンには、いっそうきつく食い締めてきたそこのほうが、信用できて。
「カラダの方が正直ですよ。アスランさん。・・・こんなんにしたのも、アイツ？」
「ち、が・・・・あうっ！」
乱暴な抽送。責める側の快楽のみを、追求したセックス。
それでも、アスランの体はどうしようもなく反応して。
「でも今、アンタ俺のですよね」
今、アスランの体に触れているのは、自分だけだとシンは確信していた。
自分達は、恋人じゃなくて。
でも、ただの上官と部下じゃなくて、もちろん先輩後輩でも友達でもなくて。
それでも今、この体が自分のものなのは、本当。
「やっ、やっ、ア・・・シンっ」
少年の、容赦のない動きに翻弄され、泣き声を上げるばかりのアスランを、シンは、心行くまで愉しんだ。
最高の、ご褒美だった。
気を失って、ぐったりとシーツに沈んでいた体が、ひくりと動いた。
さっきから時々痙攣を繰り返していたけれど、それとは少し違う動きに、目が覚めたんだとわかった。
「ち、が・・・うんだ。違・・・・」
うわごとのように上がった声。シンは首を傾げる。
何が？と思ったけれど、すぐに彼が我を忘れる前に、言っていたことを思い出した。
ここまで言うんだ。本当に違うのかもしれない。
さすがに、ちょっとかわいそうになって、くしゃくしゃになった髪に手を伸ばす。
汗と涙を吸って、指にまとわりつく藍の繊糸。
軽くかき上げると、光の鈍いエメラルドが、どこか空ろにシンを映していた。
戦闘の余韻の醒めやらぬまま、酷いことをしたかもしれないと、今になってやっと思う。
「キラとは、してない」
張りのない、かすれた声。
悪かったとは思ったけれど、今更認める素直さを、シンは持たない。
「キラ、とは」
繰り返す声も、応えを求めていないのだろう。
ふっつり途切れて、代わりにシンの名を呼んだ。
「シ、ン」
こんな声で呼ばれるのは、あまり、好きじゃない。
ほとんどシンのせいだけど。
でも、好きじゃない。
「俺は、間違っているか・・・？」
「知りませんよ、そんなの」
この人の言うことは、シンにはいつもわからない。
いつだって、勝手に悩んで勝手に結論出してかってに怒って勝手に動くんだから。
そんなこと、シンが知るわけがない。
「そ、う。だな。すまない・・・・」
エメラルドの瞳が閉じて、眠ってしまったんだとシンは思った。
寝てればいいと思った。
起きて、動いてると、この人すごく辛そうだ。
しかし、赤い唇だけが、不意に、動いた。
「守りたい、のに」
嗄れた声。瞳は、閉じたまま。
寝てしまえばいいのに。
「何をですか？」
「わからない」
「なんですか、それ」
思い切り馬鹿にした言い方になって、少し、後悔する。
少しだけ、だけど。
「・・・・・を」
「え、なんです？」
「すべて、を」
切れ切れの会話の意味が繋がって。
シンは呆れるよりも悲しくなった。
馬鹿だ、この人。
一人の人間に。
すべてを、守るなんてこと、できるわけがない。
「でも、俺にそんな力はないんだ・・・・・・」
力ない腕が、ずるりと上がり。
顔を隠して。
その下から洩れる切れ切れの吐息は、嗚咽に似ていた。
指先が震えている。
その手が、あんまり遠くて。
なんだか、悔しくて。
シンは、無理やりそれを引き剥がした。
濡れたエメラルドの瞳。
なんだか、シンを見ていない。
「アンタ、俺といるのに一人でどっかイっちゃわないでくださいよ」
「・・・すまない」
「一人で泣いてないでくださいよ」
「すまない」
すまない、と。
この人は、そんな言葉でシンを拒絶するから。
そのくせ、シンの手は、決して振り払おうとしないから。
シンだって、この人を酷く抱くのを止める気なんかなくて。
そのくせ、やさしく抱きしめたいとも、思うから。
だから。
シンは、アスランの震える体を抱きしめた。
「アスラン、さん」
「・・・・・」
言葉なく、痩せた腕がシンの背にまわり。
憧れたのもかわいそうだと思ったのも、ムカつくのも腹が立つのも軽蔑するのも、ぜんぶ本当で。
結局なんだかわからないけれど。
守りたいと思うのも、やっぱり、本当で。
抱き合った体が。
互いの体温よりあたたかいのも、ほんとうのこと。