ひとつ、大人になりました
滑らかな肩胛骨の浮き出た背中にたまらず飛びつくと、思いっ切り肘鉄を食らわされた。
「お前、もう２２なんだからいい加減落ち着け」
そう言いながら、シャツを着込んでしまったアスランに、ベッドに撃沈されたシンは、そこに突っ伏したままぶつぶつと文句を言った。
「そんなエロいモン見せられたら、いくつだってサカるっつーの・・・」
「ヒトを猥褻物みたいに言うな」
今度は、ごつんと上から拳骨が降ってきた。
大人しくそれを食らったシンは、しかしそれからその手を捕まえて。
アスランもそれくらいは許してくれたので、その手を抱くようにして、シーツの上で丸くなった。
「昔はさー、誕生日っていいことばっかりだった気がするのに、今はそんなにいいことない」
「わざわざディセンベルから来てやった俺に、それを言うのか」
ぎゅむ、と爪を立てられる。
それでもシンは、その手を離さず。
「だって」
結構鍛えた握力で、ぎゅうっと握って対抗してから、すとんとその手の力を抜いた。
「もういくつなんだから、って、そんなことばっかりじゃん」
するり、と。
シンの手の中から、アスランが逃げる。
しかしそれは、すぐにシンの頭に乗せられて。
「お前は、嬉しくないのか？」
さらりさらりと撫でられる。とってもとっても気持ちがいい。
ベッドになだれ込む前にもらった腕時計よりも、これのがよっぽどプレゼントだ。
「俺は、早く大人になりたかったよ」
降ってくる声の柔らかさに、撫でられる心地よさが相まって、なんだかとっても眠くなる。
「俺だって・・・」
呟いた声のぼやけ加減に、ふ、と、我に返った。
親指の根本に、アスランの立てた爪のあと、が今になって痛みだす。
「でも」
シンは、できるだけ強く声を出した。
「でも、さ」
きらきらと輝いて見えた未来は、家族の死で、いったんその輝きを失った。
そのあと、シンなりに頑張って、がんばって、がんばって。
手に入れた、未来は。
元デュランダル派の烙印に、隊長の重圧。
操縦幹を握る手が、一緒に何を握っているのかを知った今では、その重みも加わって。
「でも」
でも、と、その先が続かない。
「俺は、早く大人になりたかった」
もう一度、アスランは言った。
「大人になったら、大事なものが守れると思ってたんだ」
さらりさらりと、シンの頭を撫で続ける手のひら。
「全然違うじゃん」
「・・・確かに、俺はそうだったな」
さらりさらりと。
シンをかわし続ける、アスラン。
ずるいな、と、シンは思う。
なんだかわかんないけど、なんだか、ずるい。
「でも、お前２２になっただろ」
うん、と、喉の奥で頷いた。
「結構、大人になっただろ」
んー、っと、声に出さずに首を傾げる。
「１６の頃よりも、守れるもの、増えただろ」
そんなシンの様子に気づいているのだろう、少し、笑いを含んだ声が、そうっとシンに近づいて。
耳元に触れた感触に、シンの声も、自然と笑む。
「守んなくちゃいけないものも増えた気がする・・・」
「勲章だと思っておけよ」
そういうもんかなぁとシンが首を傾げたところで、シンの頭を撫でていたアスランの手が、ぴたりと止まった。
「俺も、お前が守るんだろ？」
頭の上に乗った手のひらが。
急に重くなった気がした。
重くなったのに。
もう、撫でてくれていないのに。
さっきよりも、もっと、その手のひらは気持ちいい。
「それくらいは、大人になっただろ？」
しなやかな指先が、そっと、シンの額を擦る。
そうして離れていった手のひらと、その向こうの持ち主を、シンは寝ころんだまま見上げた。
「俺、アンタ守れてる？」
「ああ」
すぐに帰ってきた答えに、目を見張る。
「ありがとな」
そう言って立ち上がったアスランに、シンは寝ころんだ状態から、また、がばりと飛びついた。
「だからお前は、いい年して・・・」
がつんと、さっき撫でてもらった額を殴られたけれど、今度はシンもめげていない。
「２２になったら、もう甘えちゃダメなんですか？」
そう言いながら、がっちりと背中からホールドすると、当てた拳をぐりぐりと回しながら、アスランが低い声で言った。
「素直に甘えられるようになったのは、もしかして成長なのか？」
「ええっと、そうかも」
これにはさすがのアスランも、脱力したらしい。
「お前は・・・」
ぶつぶつと何事かをつぶやきながら、実はけっこう痛かった額を解放してくれた。
だからシンは、ちゃんとアスランを抱きしめて。
「正直さ。もう、１こくらい年とったって、けっこうどうでもいいって思ってたけど」
コトのあとの、まだ少し火照った頬に、キスをして。
「アンタにそう言ってもらえると、なんか、凄い嬉しい」
「・・・そうか」
アスランも、満更でもないらしい。
少し向き直って、ちゃんとしたキスをくれた。
だからシンは、にっこり笑って。
「また、誕生日プレゼントもらっちゃいました」
そう、言った後は。
じゃああの腕時計返せ。イヤですよ。この・・・。って！なんですぐ殴るんですかー！？
ぎゃあぎゃあと、あんまり大人らしくはない。
けれども、いつもの恋人同士。
ハッピーバースデー、シン！