七日ぶりに。

永泉のもとを訪れた泰明は、とても疲れているようだった。

「あの・・・泰明殿、履を脱いでください」

高欄を乗り越え、土足のまま部屋へ上がろうとする泰明を、永泉はやんわりと止めた。

「わかった」

応えて、片手で履を脱ぎ捨てながら、もう片方の手で傍らに寄り添う永泉の頭を抱き寄せる。

泰明は、いつも永泉に触れたがっている。

それでも、ここまで性急に接触を求めることはめずらしく、永泉はほんの少しの誇らしさと、大きな心配を抱えて、表情のない頬にそうっと指を添えた。

「今宵は、お泊りになるのでしょう？」

今、自分にできることは、一晩、彼を休ませることだけだと知っている永泉は、柔らかくその背に腕をまわし、泰明に対する絶対的な許容を示した。

しかし、かすかに表情を緩めた泰明は、永泉の前髪に唇を埋めるようにして、答えた。

「いや、夜半には出る」

「そうですか・・・・」

半ば吐息で呟いた永泉は、すこし伸び上がってその肩に頬を乗せる。

そのまま、抱き合う力の切なさに、互いにちいさく嘆息し、そのままふたりは永泉の部屋へと消えていった。

酒も白湯も断った泰明は、永泉の膝に頭を乗せ、まわした腕で永泉の腰を抱いたままじっと動かない。

泰明は、この姿勢が好きだった。事の前や後や、今夜のように、ただ会いに来たときや。

こうしているとき、泰明はいちばんくつろいでいる。

泰明の休息を妨げぬよう、灯りを灯さぬ部屋は、それでも御簾越しの月明かりで、ぼんやりと青い陰影が浮かんでいる。

閉じられた目蓋や、わずかに夜露を含んだ髪に指を滑らせながら、永泉は泣きたいような気持ちになっていた。

泰明は、何も言ってくれない。

彼は、おそらく大きな秘密を抱えていて、彼に対して何もかもを開いている自分にさえ、それを明かしてくれる気配もなくて。

時々、なじりたくなることもあるけれど、こうして、甘えに来る彼を迎えると、そんなことはどうでもよくなる。

自分の膝に伏せられた、幼子のような横顔。

泰明は、時折こうした顔を見せてくれる。

そんな時、泰明も人であるのだと、永泉は安堵するのだ。

そして、安堵すると共に寄る辺ないような気持ちになる。

寄る辺なくて、しかしどこか暖かな。

まるで、世界に自分と泰明の二人だけ、取り残されてしまったような。

そんな気持ちに、なる。

唐突に、泰明が目を開けた。

「刻限だ」

言って、ふわりと立ち上がる。

月光のもと、その立ち姿は、先ほどの安堵を切りつけるかのような鋭さで、永泉は声も出せずに竦んでしまった。

この方は。

この方は、本当に人間なのだろうか・・・・

そんな思いが、脳裏を掠めたとき。

「永泉」

泰明が、振り返った。

「おまえは・・・」

冷たい声は、三日月の欠片のよう。

（それは、ほんとにつめたいの？）

色違いの瞳が、ちらりと光って。

「いや、邪魔をした」

すぐに背を向けた泰明の名を、永泉は咄嗟に呼んだ。

「泰明殿！」

何か。

何かを言わなければ。

壊れてしまう。

（なにが？）

「また・・・お越しください」

不思議と、穏やかな声に自分で驚いた。

「お待ちして、居ります・・・・・」

それでも、言葉は酷く平凡で、永泉は自分の不甲斐なさに涙をこぼしそうになった。

しかし。

「・・・・わかった」

泰明の、有るか無しかの微笑。

見えたのは、瞬きをする合間だったけれど。

「・・・・はい」

永泉は、安堵と共に泰明の背中を見送った。

次に、泰明殿にお会いできたとき。

きっと、何かが変わるだろう。

一粒だけ、涙をこぼし、永泉は思う。

秘密は、溶けて。

涙と共に、月の雫に、なる。

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