ハツカネズミの正義
紅紫の装甲色。
過剰なほど大きなリフター。
各所に取り付けられた、近接戦用ビーム兵器。
インフィニット・ジャスティス
「無限の正義」の名を持つ、アスランの、剣。
「どうしたの？アスラン」
ジャスティスの足下でぼんやりとしていると、目敏い幼なじみが駆け寄ってきた。
「具合悪いなら、休んだほうがいいよ」
まだ、あちこちに包帯を巻いたアスランを心配して、キラは怪我の軽かった左手を引いた。
「いや・・・そういうわけじゃない」
しかし、アスランはふるふると首を振って。
それから、ジャスティスのコックピットを見上げた。
「正義って、何だろうと、思ってな」
隣に立ったキラの、気配が変わる。
人なつこい少年から、最強とうたわれた、ＭＳパイロットに、なる。
でも、すれはすぐに緩んで。
肩に置かれた手のあたたかさに勇気付けられ、アスランは言葉を続けた。
「俺には・・・俺たちには、俺たちの正義があるけれど、議長にも、議長の正義が確かにあるんだ」
戦争をなくすこと。
人が徒に死ぬ悲劇を、止めること。
それが、議長の正義だというのなら。
アスランは、それを認めざるを得ない。
ユニウス７で母を殺されたアスランにとっても、それは正義であるのだから。
しかし。
それは、人の心を殺すのだと。
そう言って抗うキラたちの正義も、また、アスランには正しく見えるのだ。
そうしてあの、赤い瞳の少年にも。
あの、小さな手の中にも、きっと彼の正義があるはずなのだ。
ちゃんと聞けば良かった、とアスランは思った。
お前の正義は何だったのかと。
ちゃんと、聞けば、良かった。
「難しいね」
やさしい言葉とともに、とん、と背中を押される。
彼が、何を言いたいのかがわかって、アスランは促されるままに、台車のステップに腰を下ろした。
立っていた時には気づかなかったけれど、血がどっと頭まで上がってきたことで、貧血を起こしかけていたことがわかった。
「でも、さ」
アスランの隣に腰掛けて、キラは台車のタイヤロックに踵をこつこつとぶつけた。
子供じみた仕草。
それが、今は会えない誰かを思い出させ、アスランはそっと目をそらした。
「そう考えると、ジャスティスに乗ってるのがアスランで、良かったって、僕は思うよ」
甘い声は、声変わりをしたのかと疑いたくなるほどに、子供の頃と変わらなかった。
「何故？」
アスランの声は、深く沈んでいた。
悪いなと思いつつ、それをおかしく思って。
キラは明るい声で言い放った。
「だって、さぁ。アスランは、自分の正義が正しいかどうか、いつも考えてるじゃない」
「ザフトの正義を盲信していた頃もあったがな」
「だから、なんだろうね」
盲信から、親友を「殺した」。
その失敗が、アスランを以前以上に悩み深くさせてしまっているのだろうけれど。
その原因の一端であるはずの親友は、台車のロックをかつりと蹴って外し、またそれを踵で掛けて、こつこつ、と床を蹴り。
アスランの方を向いて、笑った。
「自分の正義を疑って疑って、それで出したアスランの正義が、僕らと同じだったら。僕も、僕の正義を信じられる」
「キラ」
呆然と。
見返してきたアスランに、キラは、笑ったまま、言った。
「正義は、力だよ、アスラン」
子供の頃の笑顔のまま。
子供の頃には、考えもしなかったようなことを。
「人を動かす、人を戦わせる力だ」
戦うことなど。
殺すことなど、知りもしなかった頃の声のまま。
戦場を。
戦争を、知り尽くしたことを。
言う。
「人を、殺してしまう、・・・殺させてしまう、力だよ」
こういう奴だ、と、アスランは思った。
キラの、透き通る紫の瞳を見返しながら。
自分が、悶々と悩み続けていたことに、こいつは直感で答えを見つけだしてしまう。
「・・・そうだな」
少年の、真っ赤な瞳を思い出す。
「怖い、な」
皆、戦争でたくさんのものを奪われたというのに。
戦争など、嫌いなはずなのに。
何故、皆、戦場にいるのだろう。
その答えが、「正義」。
でも。
「でも、僕は怖くないよ」
キラがまた、踵で台車のロックを外した。
勢い余って台車が動き、おっとと、と、二人で踏ん張って、止めて。
顔を見合わせて。
ちょっと、笑って。
「だって、アスランと一緒なんだもの」
「人にばっかり考えさせるなよ」
アスランの声からは、明るい呆れがこぼれていた。
そのことに、キラは、ほっと息をついて。
「だって、そういうのアスランの方が得意じゃない」
軽口を叩くと、アスランもちゃんと乗ってきた。
「ぐるぐる悩むのが、か？」
それを聞いて、キラはくすりと笑う。
「カガリ、ハツカネズミって言ったんだって？すっごい表現力だよね」
それを聞いて、アスランは、再びジャスティスを見上げた。
大きな機体。
小それでも、戦場ではちっぽけな。
アスランの、正義。
「ハツカネズミの正義、か」
呟くアスランの声に、キラは明るく頷いた。
「うん。きっと、そんな感じなんだと思うよ」
そう。
それは、ハツカネズミがぐるぐると考えたような、小さな、愚かな正義かもしれない。
それでも、自分たちは、それを信じて戦うのだ。
「俺には、ぴったりだな・・・・」
何故なら、きっと。
それが、アスランの正義（ちから）なのだから。