ハロを作ろう
ハロを作ろう、と、シンは思った。
シンの部屋には、今、たくさんのハロがあるから。
毎回毎回こんなんばっかりじゃ、ちょっとメーワクだぞって教えてやるために、今年のアスランの誕生日には、ハロを作ろう、と、シンは思った。
シンの恋人のアスランは、とってもとっても横暴だ。
シンの誕生日プレゼントはいっつもハロだし、デートは仕事でキャンセルするし、気に入らないとすぐに手が出るし。
今年のアスランの誕生日だって、うっかり入れたという仕事をキャンセルさせるのに、シンはもの凄く苦労したのだ。
これはもう、ハロを作ってやるしかない。
そう思って、シンは、ハロを作ることにしたんだ。
ハロ作りのキットはいろんなのが市販されていて、一番簡単なのは、プライマリースクールの教材になっていたりもする。
だから、そのロイヤリティだけで、アスランは十分に食べていけるって、シンは知ってる。
なのに、なんで仕事ばっかしてんだよ、と恨みを込めて、シンはバチバチと、キットから部品を外していく。
マイクロユニット制作は、機械の仕組みを教えるのに、丁度いいらしいってアスランが言ってた。
らしいって何だ、らしいって。
確かに、簡単な基盤で動くし、ちょっとしたプログラミングもできるけど。
シンが今作っているのは、アスランが自作しているのとそんなに変わらないバージョンだから、動きや音声も、プログラム次第で自由に変えられるはずだ。
けど。
「そこまでマニュアルどおりにやんのはムカつくんだっての」
呟いて、シンは残りのキットを押しやった。
キットは、外装だけ使おう。
マイクロユニットの中身くらい、アカデミー出のシンには余裕で作れる。
でも、結構これ、めんどくさいんだよな。
機能を考えて設計するのも、部品をいちいち揃えるのも、動きや鳴き声をプログラミングするのも、それを全部組み立てるのも。
でもでもそれも、ちょっと、楽しい。
揃えた部品をちまちまとはんだ付けしながら、シンはなんだかうきうきしてきた。
どういう動きにしてやろう。
どんな鳴き声にしてやろう。
どんなのにしたら・・・アスランさん、喜んでくれるんだろう。
あの人、結構可愛いもの好きなんだよな。
だから、マイクロユニット作ってるんだろうけどさ。
一応ハロなんだから、やっぱり鳴き声は『ハロ』だろうな。
可愛い声ってどんなだろう。
可愛い声。
かわいい・・・
そこで、シンはベッドの中のアスランの声を思い出してしまって。
いつもよりも、ちょっとだけ高くなるそれに、なんだかもぞもぞしてしまって。
それから、慌てて首を振った。
いやいやいや。
まずいって。
あ、アイドルの音声集あった・・・けど、なんか違うな。
そういえば、子犬の鳴き声弄るやつがあったっけ。
容量、足りるかな。
足りなかったら、足しちゃえばいいか。
そこが、自作のいいところだ。
そう思って、頷いて。
シンは、アスランの喜ぶ顔を想像しながら、ハロを作る。
どんなのが喜ぶだろうって考えながら、ハロを作る。
そうして、シンはわかってしまった。
いや、たぶん、ずっと前からわかってたことなんだれけど。
きっと、アスランもそうなんだ。
俺が喜ぶ顔を見たくって、毎年、ハロをくれるんだ。
俺だって、べつにハロが嫌いなんじゃない。
毎年、もらえればもちろん嬉しいさ。
だって、毎年毎年違うハロ。
ウカツなアスランさんは、夏の初め頃から、ずっとどんなハロにしようかと考えてるのが、見え見えで。
だから、いい加減ハロから離れろよって。
思っても、なんだかあんまり言えなくって。
言ったら、まず殴られるのわかってるし。
殴ってから、もの凄く悲しい顔するの、わかってるし。
・・・結局、ハロ、嫌いじゃないし。
手の中の、丸いフォルムのちいさなオモチャ。
可愛いものが好きで、細かい作業が好きで、人の喜ぶ顔が好き。
『大戦の英雄』なんて、似合わない呼び方をされる人の、そんなホントの顔が見られるハロ。
俺、結構、好きだし。
振り返れば、シンの部屋にはあちこちにハロ。
アスランさんの、くれたハロ。
なんだかちょっと、口元が緩んで。
えへへへ、と、なんだかだらしなく笑いながら、シンは自分で作ったハロを、用意していた紙袋に仕舞った。
アスランさん、喜んでくれるかな。
喜んでくれると、いいなぁ。
そうして、案の定。
「誕生日おめでとうございます、アスランさん」
「ありがとう。・・・うわ、これお前が作ったのか！？」
シンの作った、アスランの髪と同じ藍色のハロに、アスランは満面の笑みになった。
招待したシンの部屋で、くつろぐ様子がとっても嬉しい。
「外装はキットですけど、中身は自分で作ったんですよ」
得意げなシンに、アスランはへこりと小首を傾げた。
「え？、なんでそういう無駄なことを」
「無駄とか言うな！」
吠えたシンに、アスランは、「いやうん」などと、なんだか曖昧に唸ってから。
「でも、ありがとう。嬉しいよ」
そう、にこりと笑ってくれた。
「でもって何ですか、でもって」
ぶつぶつ呟きながらも、シンだって嬉しい。
喜んでくれれば、やっぱり、嬉しい。
そのハロをためすつがめつし、スイッチを入れて跳ねさせて、鳴かせて。
子犬の鳴くような声に、楽しそうに声を上げて。
そんなアスランを見れば、とっても嬉しい。
「あ・・・そうだ、キットに付いてた基盤とかは使ってないんだよな？」
アスランの後を付いて行くようにプログラムした動きに喜んでいた彼は、距離を詰めすぎてぶつかって来たハロを、軽く抱き取って言った。
「そっち組んでないですよ」
何度か、キットを使っても同じかも、と思いながらも結局我慢してしまったのだ。キットの基盤は丸ごと残っている。
「どうせ使わないんだろ。今度、それで何か作ってやるよ」
手の中のハロを撫でくり回すアスランに、シンは呆れて聞き返した。
どんだけハロ好きなんだこの人。
「またハロ増やす気じゃないでしょうね」
「え・・・？ああ、うん」
アスランの視線が宙を泳ぐ。
もの凄くわかりやすい。
「増やす気だったのかよ！」
「いやうん」
曖昧に答えたアスランは、それからぽうん、とハロを床に跳ねさせて。
「なあシン、どこまでがハロだ？」
「ええっと」
「ハロ！ハロ！」
子犬の鳴き声を使ったせいで『アオ』に近いが、かろうじて『ハロ』と聞こえる鳴き声が響く。
「ハロって鳴いて、丸かったらハロ、かな？」
シンも作ってみてわかった。
たぶん、ハロのアイデンティティは、意味不明に『ハロ』と鳴いて、丸いボディでころころ動いて、その結果、見る人を笑顔にすることだ。
それが、制作者のアスランが望んだことだ。
「わかった」
しかし、その答えにしっかりと頷いたアスランには、なんだか嫌な予感しかしない。
「・・・待てよ、何がわかったんだよ」
「ん？」
アスランがまた、ハロを手にする。
小首を傾げる。
愛おしげに、そのボディを長い指で撫でて。
そうして、ふうわりと、笑う。
綺麗なのに。
見とれるのに。
大好きだって思うのに。
やっぱりなんだか、とっても嫌な予感しかしない。
「だから、何作る気だよ！」
喚いたシンに、アスランはまた、綺麗なのに不穏な顔をして。
とてもとても楽しそうに、笑った。