「盛りの山吹をお見せしたかったのですが」

世に忘れられた法親王は、そう客人に切り出した。

 

ともすれば、何故早く訪れなかったのかとなじっているともとれる言葉は、しかし、ふたりの間にそのような意味を持たず。

「ああ、残念だ」

 

あるがままの言葉で、あるがままの心を。

師の名代として、多忙な日々を送る泰明にとって、それは何にも代えがたいもの。

「藤には早いですし、お見せできるものは、何も」

「かまわぬ」

言った泰明は、庭の方を向いたまま茶をすする。

 

白く色の抜けた山吹の花弁が、風を受けてはらりと落ちた。

 

永泉の庭には、他にも様々な草木が植えられている。

しかし、泰明に種類が特定できるものは、山吹と、花房を伸ばし始めた藤、それから永泉の好む椿のみ。

「あれは、なんだ」

だから、聞いた。

「池の側の、菖蒲に似たものだ」

 

呪術にも使用する菖蒲ならば、泰明にもわかる。

しかしそれは、泰明の知るその草の、その呪力を持たない植物。

呪力はないが、何か、力を孕んだ葉のかたち。

 

「あやめですか？花にはまだ、早いのですが」

顔を上げ、永泉は答える。

「膨らんでいる葉がありますでしょう？あの中に、あやめのつぼみが入っているのです」

「なるほど」

その葉が孕むものは、つぼみであったのか。

 

植物が、命を賭して次代を紡ぐためのつぼみ。

その力。

 

泰明は、永泉へと視線を戻した。

その葉の衣に、花つぼみを孕む、あやめ。

 

「お前のようだな」

「え・・・・？」

泰明を見、ちいさく首を傾げる、その生き物の。

その力。

その美しさ。

 

「自然から生まれいづるものはいつも美しい」

「はい。そうですね」

応えて、笑う。

 

泰明の、花つぼみ。