目が覚めたら、思い切り日が高かった。

「そういや昨日、頼久の見回りに付き合ったんだっけ・・・・」

なのに今日、あかねのお供が頼久と友雅というのはどういうわけだ。

「あー、ったく・・・」

『お前は育ち盛りなのだから仕方がない』、という「相棒」のセリフが聞こえた気がして、天真は思い切り髪をかき回した。

微妙ーーに、気分が悪い。

「イノリでも来てねーかな」

ちょっとした憂さを、友人の無駄な元気で晴らそうと、天真は八葉の控えの部屋に向かう。

しかし、そこにいたのは気の会う年少の友人ではなく、天真にとって未知の生物・・・だった、同い年の少年だった。

「おはようございます、天真殿」

膝をそろえ、ちょこんと挨拶するその様子は、まるで小動物のようだ。

はじめはあんまりにも合わないペースにムカついたものだったが、慣れてみれば結構可愛い。

同い年だが、弟分がもうひとりできたと思えばいい。

「ああ、珍しいな。ひとりか」

「はい。泰明殿は、昨夜遅くまでお仕事だったそうです」

「そっか」

いや、ダレも泰明がどうとか言ってないし。

しかし永泉はそういう生物なので、特に突っ込まずに隣に座る。

「あかねもなー、なんか無茶な組み合わせだよな」

「いえ、あの、今日は、きつねと桜木精に、り・・・りべんじ？と仰っていましたが・・・」

ああ、あのオトコマエな女友達らしい、と天真は思う。

「でもなー、きつねはともかく、桜木精か。同じ木属性じゃ、頼久のヤツ大変だな」

「いえ、初めは天真殿を探されていらっしゃいましたが・・・」

「げ」

寝坊して良かったのか悪かったのか。思わず悩んだ天真に、永泉はにっこりと笑って、『また、ご一緒すればよろしいのです』と、的外れだが、天真の気分には妙に沿った言葉をかけた。

「まぁな」

無自覚に癒し系な友人の言葉に、天真も素直に頷く。

初めは天真に怯えていた永泉だったが、今はすっかり警戒も解けて、むしろ懐いている。

そして、懐かれれば天真も悪い気はしない。

「ま、頼久ならなんとかするだろ」

「はい。私も、そう思いま・・・」

言葉を切り、ふと天真から視線を外した永泉に、天真は「ん？」と首を傾げる。

「どうした」

「どうもしない。問題ない」

永泉の視線の先の、御簾をめくってあらわれた長身の影に、天真は本気で驚いた。

「泰明っ、テメ気配消して近づくんじゃねーよ！」

永泉には慣れた。てか、何気に最近ツボだ。でもコイツにはぜってー慣れねぇ！

ばくばくいう心臓を抱え、ぜいぜいと息をつく天真を無表情に見下ろし、泰明は永泉の向かいに腰を下ろす。

「神子はもう、出かけたのか」

「ああ・・・頼久と友雅連れてったってよ」

「あの二人なら問題ない」

うむ、と頷く泰明に、永泉はやっと、深々と頭を下げた。

「おはようございます、泰明殿」

とろい・・・とろ過ぎる・・・

でもこの辺がツボ。急いでる時でなけりゃ、面白い。

天真は心中、ひとり笑う。

「ああ」

永泉に頷いてみせる泰明は、無表情に見えるがなんだか視線がきつい気がする。

・・・ふーん。

天真は、じり、と、永泉の側による。

今度はあからさまに睨んでくる泰明が、面白い。

「今日はきつねと桜木精封じだってから、オマエたぶん用なかったぞ」

なあ、と、永泉の首に腕をかける。詩紋やイノリ相手なら、よくあるスキンシップだが、永泉相手では初めてだった。

自然、体がくっつく。永泉の髪からは、いい匂いがした。

ちょっと泰明が羨ましいと思い、何でだ？と自問する暇もなく、天真は思い切り、床に転がっていた。

「っ、てー・・・・」

「離れろ、天真」

いやもう離されてるだろ。

細っこいクセに力あるよなーコイツ。

右手の一振りで永泉から離されて、天真のプライドに、少し、傷がついた。

「何しやがる」

「あ、あのっ、泰明殿、おやめください！」

おろおろおろおろ。

いつもの擬音付きで、それでも永泉は二人の間に割って入った。

この辺の意外な思い切りのよさが、天真に永泉を嫌わせない理由だ。

「天真殿は何もなさっていないのに、何故暴力など振るわれるのです！」

よっ、オトコマエ。

声震えてるけどな。

「お前に触れた」

「いや、暴力って程のもんでもないだろ」

それぞれ、違うことに突っ込まれ、永泉のおろおろ度が増す。面白い。

「え・・・ええええと、あ、あの・・・・」

その永泉の様子と、ぎんぎんに睨む泰明がおかしくて、天真は多少のプライドの傷には目をつむることにした。

俺ってオトナ？

・・・・こいつらと比べて大人でも、あんまり嬉しくはない。

「泰明・・・オマエもこんくらいで、いちいち怒ってんじゃねーよ」

「私にそんな感情はない」

いやあるだろ。

そのぷるぷる震える握りこぶしはなんだよ一体・・・・

そいつが飛んできたら、こう避けて、それから空いた脇から攻めれば勝てるか・・・？

ケンカ慣れした本能が、そうシュミレートしたとたん、しかし泰明は、ぐい、と永泉の腕を掴んで立ち上がらせた。

「行くぞ、永泉」

「は・・・はい、泰明殿。では、天真殿、失礼します・・・・・」

引きずられるようにして小さくなっていく永泉の声に、『おう』とだけ返し、天真は、『ドコ行くんだよ』と突っ込むのを忘れたことを思い出した。

「ま、いっか」

面白かったし。

気分も晴れた。

そして天真は、とりあえず今日、蘭を探しに行くことに決めて立ち上がる。

御簾を上げて見上げた空は、イイ感じに青かった。