肌
頬に、喉に。
胸に、腹に腰に。
腿に、膝に、脛、踝、指先に。
シンの手が、確かめるように這っていく。
それをアスランは、どこか辛く、感じていた。
「俺、あんたのこと好きだったんです」
月面に放り出されていた少年を拾ってきたのは、放り出した張本人のアスランだった。
毛布に包まり、小さくなった彼の言葉に、アスランは「そうか」とそんな台詞しか返せず。
とたん、手負いの獣のような真っ赤な瞳に睨まれて、途方にくれた。
触れれば、彼は噛み付くだろう。
離れれば、彼は傷付くだろう。
ならば、触れることが上策なのだろうけれど。
自分に、彼に触れる資格があるのかと、そんなことばかりが頭を巡る。
しかし。
「ほんとに・・・ほんとに、好きだったんです・・・っ」
そう言った彼が、ほんとうに辛そうで。
真っ赤な瞳から、透明な涙がこぼれて。
それが、あんまりにも可哀相だったから。
そんな資格がなくても。
それが、正しいことでなくても。
それでも、アスランはシンに触れることを選んだ。
シンを抱きしめ。
そうして、彼の望むまま、体を開くことを、選んだ。
シンの手は、一生懸命で。
懸命で必死で精一杯で。
ささくれ立った指先が、睨むように下ろされる視線が、そうして、肌を掴み締める手のひらが。
アスランはただ、かなしいと思った。
頬を、喉を。
胸を、腹を腰を。
腿を、膝を、脛、踝、指先を。
シンの手が、縋るように確かめていく。
その手は熱く、そうして、かなしい。
アスランは、思わずその手を取った。
細い手だ。
自分と、そう変わらぬ数の命を葬った手だ。
アスランが、守りたくて守れなかった、少年の手だ。
「・・・離して、ください。できないです」
そうして、力任せに振り払おうとするシンを制し、アスランはそのまま、少年を深く抱きこんだ。
抱き込んで、抱きしめて。
腕いっぱい、胸いっぱいに、少年の体温を、存在を包み込んだ。
「ア、ス・・・」
それは、確かにアスランが愛した少年の体。
生きて、そこに存在する。
「大丈夫だ」
それは、行為が始まってから、アスランが発した初めての言葉だった。
「大丈夫だよ、シン」
「・・・・何が」
言いながらも、少年はおずおずとアスランの背に腕をまわしていた。
抱きしめる、それよりも。
縋りつく、必死の力が、すぐさまその腕にこもっていた。
「何が大丈夫なんですか・・・・」
赤い瞳の、透明な涙。
少年のかすれた声にも、乾いた結晶の涙。
透明に透けて、痛い。
「俺は生きてる。だから、大丈夫だ」
その痛みを一身に受けて、アスランはそう囁いた。
「大丈夫だ・・・・」
そうして、まるで小さな子供をあやすように、シンの背を撫で、髪を撫で。
慈しむやさしさで、頬に、額に唇を落とす。
そう。
これは、セックスなんかじゃない。
シンの腕は、ただ縋ることのできるやさしい腕を捜していて。
アスランの胸は、ただこの少年を慰めるためにだけ、あった。
「俺は、って、そんな、あんた、勝手、な・・・・・」
包み込むやさしい体温に、気持ちいい腕の巻きつく力に、鼻先に触れる、いい匂いに。
押し寄せる、安堵に。
意味のない抵抗をしながら、それでも言い募ろうとする少年は、一体何が怖いのだろう。
胸に付かれた、痩せた手のひら。
押し返そうとする力は、丁度、アスランが引き寄せる力と、同じ。
甘えた抵抗。
「お前は、大丈夫だよ」
ここにまだ、甘えられる場所がある。
俺にはまだ、お前を甘やかせてやることができる。
ならば。
抱き合って、慰めあって。
そうしてまた、立ち上がることが、きっとできる。
できる、はずだから。
「大丈夫だ、よ・・・・・」
シンの吐息が、アスランにかかる。
アスランの吐息が、シンにかかる。
体全部から、ぬくもりが伝わって。
互いの存在を、確かめられる。
不意に、シンがふうっと体から力を抜いた。
まるで、赤子のように無防備に。アスランの腕に、収まった。
「・・・って、あんた、いつも・・・・・・」
「ごめん」
「俺、するって、言って・・・・」
「うん」
そうして。
安心しきった寝顔を見せる、その前、ほんの刹那の時に。
「俺、・・・あんたのこと好き、なんです」
なされた小さな告白を。
「ああ、俺も、好きだよ」
受け止めてもらえた幸福に。
少年は、安心しきった顔で、眠りについた。
そんなシンを抱きしめて。
アスランも、幸福な思いで目を閉じる。
辿る夢路は違えども。
目覚めた時の、満ち足りた思いは、そこに、確かに約束されていた。