はじめての、恋だった。

この世界の愚かな仕組みに縛られない、自由なひと。

私のことを、ただの同輩として見てくれた、はじめてのひと。

 

そのひとが、真剣な目をして伝えてくれた言葉を。

 

私は、決して。・・・決して、忘れることはないだろう・・・

 

 

 

「お前が好きだ。どんなことしても、俺がお前を守ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、暗い洞窟の、さらに奥の。

暗い、暗い牢に、永泉はいた。

 

「んっ・・・は、あ・・・」

胸が悪くなるほどの、甘い匂いがその空間を満たしている。

兄の呼び出しだと偽られ、捕らえられて。

いったいどれほどの時が経ったのか。

「ん、んん・・・っ」

後ろ手に縛られた、手首から先の感覚は既にない。

いや、それどころではない・・・といったほうが正しいか。

「あふ・・・」

破れた単を掛けられただけの体が、ひくんと震える。

後ろに回った腕の内側が、じっとりと汗をかいた脇にこすれ、その感触に更に身悶える、悪循環。

普通ならば、どうということはない感触なのに。

今は。

「あ・・・あ・・・」

思わず腿をすり合わせ、自分の放ったもので滑るその感触にも、感じてしまう。

「は、あ、あぁ・・・」

触れられてもいないのに、そこはすっかり立ち上がり、刺激を求めて震えていた。

 

 

その闇に、灯り。

「どうした？触れてもおらぬのにイったのか？」

そして、冷たい声。

永泉は、焦点の定まらぬ瞳でその声の主を見上げた。

金色の髪に、赤い衣。

鬼の首領が、そこにいた。

「う・・・」

本当は、睨み上げるなり、それができなくともこの浅ましい姿を隠すなりしなくてはならないのだろう。

そのくらいのことは、世間知らずの永泉でもわかる。

しかし

甘い、淫欲を誘う香に、思考は既に奪われて。

とろんとした瞳で上げるそのひとに。

そのひとの足に、永泉は擦り寄った。

「まるで、獣のようだな」

「あんっ」

腹を蹴られ、仰向けに転がされる。

そのまま、ぐ、と足の間を踏みつけられ、永泉は声も出せずに仰け反った。

「―――――！」

「・・・ほう、そんなによかったのか？」

つま先に飛び散った白いものを、濡れた頬に擦り付けられ、それは更に激しくなった涙と混じって土に吸い込まれた。

 

・・・しかし、体の熱は収まらない。

 

「足を開け」

「ん・・・」

屈辱と、恐怖。

確かに存在するはずのそれらは、下肢からの突き上げるような欲に溶けて消えていた。

ゆるゆると開かれる、闇の中でもほの白く浮かび上がるような脚。

その狭間の、触れられてもいないのにあかく色づいている場所に、鬼の指が、容赦なく突き込まれた。

「あ、ああああああっ」

その声が示すのは、嫌悪か、喜悦か。

「良く、溶けているな」

ぐちゃぐちゃと、音を立ててかき回され、身を捩って悶える永泉に、鬼の容赦のない声が突き刺さる。

そうして。

「欲しいか」

抜き出された指を、汗に濡れた腹で拭われ、ひくん、と震えた永泉は。

淫香と、度重なる行為に、すっかり狂わされてしまった永泉は。

今日初めて、人の言葉を口にする。

 

「は、い・・・・あ、あうぅぅ・・・ン」

 

「ふん・・・可愛いものだな」

強く引き寄せられた腰に含まされ、激しく自分を陵辱するものを味わうことに、永泉は夢中になっていた。

夢中になっていたから。

その鬼の言葉に答えることなど、できることではなかった。

 

 

 

 

 

はじめに。

永泉の元へたどり着いたのは天真だった。

それは、洞窟の外で鬼の首領を引きとめた、あかねたちのおかげでもあったし、途中で出会った長身の鬼を引き受けた頼久のおかげでもあったし、少ない言葉から、永泉の居場所を匂わせたその鬼のおかげでもあった。

 

そうやって、やっとたどり着いた天真に、しかし永泉は。

とろんとした瞳を向けた後・・・不自由な体を捩り、逃げ出そうと、したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、天真は永泉に会うことができない。

「なぁ、頼久。ちょっと顔見るだけでいいんだって」

「しかし、永泉様はそれを望んでおられない」

「だからおまえと一緒に行ってだなぁ、ちらーっと・・・」

「何度も言わせるな。天真。」

「・・・・」

「お前が、永泉様をどう思っているのかも、永泉様がお前をどう思っているのかも、私は知らぬ。だが、今は会わぬことが永泉様のためだと思うぞ」

しっかり知ってんじゃねえかよ・・・

言いかけた言葉を飲み込んで、天真は空を仰いだ。

青い空に白い雲。

このところ、良い天気が続いている。

しかし、永泉は、御室寺から一歩も外へは出てこない。

 

頼久などは、あかねや藤姫の使いで見舞いに行くことができるのに、天真の来訪だけは、許されることはなかった。

 

腹いせに、鬼の隠れ家を潰そうが、怨霊を倒しまくろうが、永泉の身に起こったことも、永泉に会えないことも変わらない。

じたばたして、格好悪いけれどじっとしているのは性に合わない。

 

 

天真は頭を巡らせて、日の沈みつつある西の空を睨んだ。

 

起こったことは変わらない。

でも。

会えないことは？

 

 

天真は、夕日へ向かって駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

「差し出がましいかとは存じますが・・・天真殿に、会って差し上げてはいかがですか？」

ふるふる、と法親王のちいさな頭が振られた。

「彼は、見かけよりも大きな男です。きっと私などよりも、永泉様のお心を、軽くしてくれると思いますよ」

ふるふる。

「永泉様・・・」

ふるふるふる。

無言で首を振り続ける永泉に、鷹通はただただ困り果てた。

鬼に囚われ、傷ついた永泉を、怯えさせないという理由で永泉の側に置かれたのだが、自分には荷が勝ちすぎると鷹通は思う。

この繊細なひとを癒すことは、自分にはできない。

できるのは、帝と・・・おそらく、もうひとり。

思わずもれそうになるため息をこらえ、更に言い募ろうと鷹通が口を開いたときだった。

 

 

「・・・永泉？」

 

 

埃まみれの頭が、にゅ、と。

開け放たれた蔀戸の向こう、簀子の際からあらわれたそれは、夕闇の中でも見間違えようのない、とても、明るい色をしていた。

 

「天真殿・・・」

鷹通の声には安堵に似た色があったが、永泉はその側ですくみ上がる。

「わりい。お前、会いたくねえって言ってたんだってな」

頭だけを出したまま、天真は続ける。

「でも、俺、お前に会いたかったんだ」

身を硬くしたままの永泉の背中を、鷹通がそうっとなぜた。

「永泉様、私がこう申し上げるのは、僭越なことかもしれませんが・・・」

そして、安心させるように、にっこりと笑った。

「あなたの選んだ方は、とても、大きな人だと思いますよ」

「・・・・・はい」

小さな声で、少しだけうつむいて答えた尊い人に、もう一度だけ「大丈夫ですよ」と声を掛け、鷹通はその部屋を後にする。

そして、そこには恋人たちだけが残された。

 

そして

 

「すまなかった！」

 

がばり、と土下座する天真に、永泉は別の意味でびくうっとすくみあがった。

「でかい口たたいといて、結局お前を守ってやれなくて・・・ほんとに、すまなかった・・・っ」

むき出しの、少年らしい肩がふるえている。

「かっこ、悪いな・・・俺」

ぐずっ、と鼻をすすり上げ、それでも顔を上げない天真。

「てんま・・・どの？」

永泉の、小さな小さな声がする。それは呼び声と言うよりも、まるで独り言のような声。

 

「泣いて・・・？」

 

「何で、俺が泣くんだよ。お前だって、泣いてねえのに・・・」

ぐしっ

「私は・・・私が、悪かったのですから・・・」

うつむいた永泉を、琥珀のまなざしが、キッと上がって射た。

「んなわけないだろ！」

憧れ続けた強い瞳から、透明な雫がはたはたとこぼれる。

永泉は、それを不思議と怯えることなく見つめることができた。

「いいえ・・・私が、愚かだったのです・・・だから、あのようなことに・・・」

まるで、悪夢のようだった、そして永泉にはそれ以上だったはずの光景を思い出し、天真は身震いする。

「・・・・！」

口を開き、しかし永泉を責める言葉を放とうとしている自分に気づき、慌てて閉じる。それから、うつむいた藍色の頭をじっと見ながら、必死になって言葉を探したが、言える事など何ひとつ見つからなかった。

 

 

珍しく酷使されて疲れた頭を抱え、天真は涙でかすんだ目で、藍色の髪をぼんやりと眺めた。

ほんと、カッコ悪いよな・・・

下を向いたままの恋人の姿が、悔しくて悲しくて可愛そうで。

なのに自分にできることといったら、嫌がられつつも側にいることくらいで。

 

「・・・なあ、さわってもいいか？」

ぴくん、とちいさく震えた永泉は、それでも、ほんの少しだけちいさな頭をを上下させた。

「ありがとな」

永泉の髪は、以前なでてやった時と同じで、さらさらとして気持ちがよかった。

少し欲を出して、膝をついて傍に寄る。怖がりな恋人を怯えさせないように、そうっと、抱き寄せた。

少し、高い体温。甘い香りのする髪に鼻先を埋めると、またこぼれそうになる涙をこらえて、ただ、永泉を感じる。

 

とくん・・・とくん・・・とくん・・・

 

互いの、鼓動と、ぬくもりと。

それだけがすべての世界は、永泉が天真の胸を押し返したことで終わった。

「・・・っ、すまねえ。嫌だったか？」

あんな目にあった後だ。不用意に触れたのは無神経だったかと、天真はしぶしぶながらも大人しく、力ない腕に従った。

「いいえ・・・天真殿が、穢れてしまいますから・・・」

ゆるく首を振り、何を言っているのかわからないという顔をした天真を上目遣いでちらりと見てから、永泉はまるで砂を食むような口調で続けた。

「私は・・・鬼に、して欲しいと何度も頼みました。されて・・・とても、喜んで、何度も、何度も・・・」

っく、と言葉を詰まらせて、永泉は先程よりも強く天真の胸を押した。

「天真殿に、守っていただく価値も、泣いていただく価値も、もう、私には無いのです・・・」

「んなわけあるかよ！」

天真は、逃げようとする永泉の体をぎゅーっと抱きしめた。

「お前、ヘンな薬使われてたんだろ。だったらんなの仕方ないじゃねえか」

「いいえ・・・だって、私・・・」

細い体をふるふると震わせて、今にも泣きそうな永泉を可愛そうに思い、少し距離をおこうと、天真が少し抱きしめる腕の位置を変えたときだった。

「・・・・・！」

ふたり、息を呑む。

「永泉、お前・・・」

「・・・っ、は、放して下さい天真殿・・・っ」

天真がうっかり触れた、足の間。そこは・・・

「天真殿まで、汚してしまいます・・・」

震えるからだと甘くかすれた声。

永泉の状態を正しく理解して、天真はできるだけやさしく囁いた。

「お前のせいじゃないだろ。それに、我慢するのは体によくないぜ？」

 

永泉の、心にしてやれることはないけれど。

体に、してやれることはある。

それが嬉しくて、少し、悲しくて。

天真は、やさしく、つよく。恋人のキスをしてやりながら、その先へと、手のひらを進めた。

 

「んっ・・・」

すうるり。

驚くほど簡単に、天真の手の内に包まれて、永泉はそのまま、抵抗するまもなくいかされてしまった。

「て・・・てんまどの・・・だめ・・・汚っ・・・」

弾みで出た生理的な涙が、はたはたと止まらなくなる。

「お前は、全部キレイだぜ？」

袴をつけず、小袖の上にも一枚しか着ていなかったのをいいことに、簡単にすそを割ってそこに突っ込まれた天真の頭を剥がそうと、永泉が必死になっている間に、放ったものはすべて舐め取られてしまっていた。

「しかもお前って、こんなトコまでキレイなんだな」

ちゅ、と、内股の柔らかいところに吸い付かれ、ぴくんと震えた永泉の腰を抱き上げ、自分の膝に横抱きに乗せてしまった天真は、もがく永泉をものともせずに更に悪戯を仕掛けた。

「んふっ・・・や・・・っ」

つぷ。

「すげえな。こんなに柔らかい・・・」

永泉のそこは、待ち焦がれていたかのように天真の指を飲み込んで淫らにうごめいた。

「こんなになってるってことは、辛かったんじゃねえのか？」

くちゅ、くちゅんと、動かすたびに濡れた音がして、熱い襞が指に絡みつく。

経験のない天真でも、これが普通の状態でないことくらいはわかっていた。

「だめ、です・・・っ、や・・・」

「んーと、こうの方がいいのかな」

「あんっ！」

「おっけー、ここだな・・・」

「んっ、んんん・・・っ」

後ろをいじられ、それだけでもう一度達してしまった永泉。

その可愛らしい恋人を、天真は柔らかく抱きしめた。

「気持ちよかったか？」

「っく・・・ひどいです・・・てんまどの・・・」

「気持ちよくなかったのか？結構がんばったんだぜ？」

頬や額に口付けながら、わざとすねたように言う天真の胸を、永泉は惰性の様に押し続ける。

「てんまどの・・・何故・・・」

「好きなやつを気持ちよくさせてやりたいってのは、男の本能だと思うぞ」

「私、女の人では・・・」

「はじめっからわかってるって、そんなことは」

胸に付かれた手のひらを取り、指の一本一本を、柔らかく食んでやる。

「男だろーと女だろーとかんけーねーだろ。好きなやつを気持ちよくさせてやりたいんだ」

ちゅうーっ、と、耳の後ろを吸って、永泉に甘い声をあげさせてから、天真はもう一度問い掛けた。

「気持ちよくなかったか？」

永泉の体が、すっかり陥落してしまっていることは、わかりきっていたけれど。

「気持ち・・・よかった・・・です・・・」

それでも、素直な言葉は天真を夢見心地にさせる。

「・・・もっと、良くしてやるよ」

緩みかけた帯を解きながら囁いた天真の声と、これから自分を支配するであろう男らしい体を感じて。

ふるりと震えた永泉は、そのまま恋人のからだにしがみついた。

 

 

 

 

 

 

 

やっちまった・・・・

 

翌朝。

今は穏やかに眠る永泉を見下ろし、天真は途方に暮れていた。

 

永泉に会いたくて、会いに来て謝りたくって謝って、なんか言ってやりたくってでも何にも言えずに・・・・・・・

言えずに犯っちまってどーすんた！

いや、確かにあの時、こいつすげー辛そうで・・・でもだからって傷えぐるよーなこと・・・あああああそーだよ慰めるどころかむっちゃむちゃ傷かきむしってんじゃねーか！

 

 

「てんまどの・・・・？」

 

 

呼ばれて、はっと我に帰る。

恐る恐る目を向けた永泉は、とろんとした目を、天真のほうへ向けている。

 

ぞっとするような既視感。

 

しかし

その瞳がはっきりと焦点を結んだとき。

 

ぱあっ、と、白い頬があかく染まった。

頬だけではない、無防備にさらされた首筋や、衣をかき寄せた細い腕まで、見事な桜色に染まっている。

「あ・・・てんまどの・・・・あの、その・・・」

きゅうっと小さくなった恋人の、甘くかすれた声。

「昨夜は・・・ありがとうございました・・・・」

しどけない姿で、可愛らしく恥らう永泉の姿に、思わず見とれてしまった天真は、慌てて首を振った。

「なんで礼なんか言うんだよ。俺、お前にひどいことしちまったってのに・・・」

「いいえ、いいえ・・・」

更に小さくなりながら、永泉は続ける。

「天真殿は・・・私のために、泣いて下さって・・・私を、キレイだと言って下さって・・・このように穢れた体を・・・その、だ、抱いて下さって・・・私、わたくし・・・・」

衣に顔を隠して、ひっく、ひっくとやりだした永泉の背中を、天真はちょっとにふわふわした気持ちでなでてやった。

「お前のためだったら、いっくらだって泣いてやるぜ。」

ひくん、ひくんと、それでも永泉は泣き続けている。

「おい、泣き止めよ。永泉？」

両の手で頬を包んで、自分のほうを向かせてやると、真っ赤になった目がおどおどと天真を見上げた。

ウサギの目だ。と天真は思う。

「お前、泣き顔不細工だぜ？ぶっさいくで、すっげーキレイだ」

「何を・・・」

涙は止まらないのに、笑いがこみ上げる。奇妙な感覚が、少し、苦しい。

「聞けよ。お前のためだったら、いっくらだって泣いてやる。毎日だってキレイだって言ってやるし・・・その、なんだ、言っただろ。好きなやつは、気持ちよくさせてやりたいって・・・」

 

はらはらと。

 

こぼれ続けるキレイな雫に唇を寄せ、そうして天真は囁いた。

「なあ、もう一度言わせてくれ・・・今度こそ、絶対、ぜったい守るからさ・・・」

ぎゅっ、と、抱きしめたこの愛しいひとのすべてに、今度こそ誓うから。

「お前が好きだ。どんなことしても、俺がお前を守ってやるよ」

「はい・・・」

涙混じりの、永泉の返事。

「おい泣くなよ・・・」

「ひっく・・・」

「泣くなって・・・」

 

 

 

はじめての、恋だったのです。

この世界の愚かな仕組みに縛られない、自由なひと。

私のことを、ただの同輩として見てくれた、はじめてのひと。

 

そのひとが、真剣な目をして伝えてくれた言葉を。

抱きしめられた、体全部で伝わった、強いつよい意思を。

 

私は・・・決して。・・・決して、忘れません・・・・

 

 

 

 

You are my guardian