瓦礫と緑

チガヤ、オオバコ、スズメノヒエ、
あのでかいのはアカメガシワかな。
どれもこれも、この地方で放棄された土地に、すぐに侵入してくる植物だ。

クズ、ハイキビ、ハマスゲ、と、アスランは目に付いた植物の、名のわかるものを挙げていった。
母の持っていた資料には、緑化に関するものもあったから、それらを読んでいたアスランには、挙げ始めた時には思わなかったほどに、植物の同定ができていった。
「・・・やはり外来種が多いな」
「アスランさん、ここ」
不意に、シンがクズの茂みを指さした。
「俺ん家」
「・・・・そうか」
生い茂るクズの下に見え隠れするのは、コンクリートと鉄骨の残骸だった。
高すぎる日に焼かれたそれは、胸に痛いほどの白さで、緑に慣れアスランの目を刺して。
熱帯の光にくらむそれをよくこらせば、緑に飲まれかけた家の基礎が、確かにそこには存在していた。
もともと、そこに何があったのか知らなければ、その正体もわからない。
シンの、家の、跡。
延び放題のクズの蔓を、掴んでぐいと持ち上げる。
大きな葉の下に隠れていた紫色の花から、甘い香りが立ち上った。
「ここ、玄関か」
「うん」
花の更に下に、剥がれかけたタイルがあった。
割れたその隙間を押し広げ、イタドリが顔を出している。
「すぐそこが風呂で、そっちがリビング。ここに階段があって・・・登ってすぐが、マユの部屋」
「お前の部屋は？」
「その隣り。右の方」
シンの指が、青いばかりの空を指す。
そこに、アスランは並んだ部屋を想像しようとして。
そうして、瞬きをして、諦めた。
シンの指の先には、ただ、空と。
コンクリートよりも白い雲と。
再建中の、マスドライバーの先端だけが、あった。


第８復興地区、と名づけられたこの場所は、もとは民間の住宅地が広がっていた。
シンの家も、そのひとつだった。
幸い、区画図が残っていて、家族の中でたったひとり残ったシンには、その所有権があるのだという。

ヤハズエンドウ、コメヒシバ、スベリヒユ、
アスランは、母の書斎で見た写真と、足下の植物を照合していく。
ああ、ここでマツヨイグサは珍しい。

シンは、ざかざかと茂みの中に入っていって、何かにつまずいて、転んで騒いだ。
「いっ、てーーー！！」
「何をやってるんだ・・・・おい、怪我はないか？」
所々、コンクリートの鉄芯も突き出しているのだ。下手をしたら大けがをする。
「平気、ですけど」
シンを助け起こした場所には、大きく茂ったクズの葉の下、元が何だったのかもわからない、砕けて焼けた瓦礫だけがあった。
草々の下の瓦礫に気づかず、足を掛けてしまったのだろう。
「ここ、台所」
「・・・そうか」
アスランには、他に、言葉がない。
ただ、記憶と目の前の植物を機械的に照らし合わせる作業を続けて、感情の揺れを押さえることしかできなかった。

オオベニタデ、ランタナ。

シンは、泣かない。
ここに来たなら、きっとまた、泣いて泣いて泣きじゃくるだろうと、アスランは思っていた。
そうして、自分はただそれを見ておろおろしていることしかできないだろうとも。
しかし、シンはただ淡々とあたりを眺めては、そこに何があったのかをアスランに教えていく。
だから。
アスランは、淡々と植物を同定しながら、シンの後をついて歩く。

だって、シンが泣かないのに、俺が泣くのはおかしいじゃないか。

「ねえちょっと、アンタ聞いてる？」
「・・・ああ、聞いてる。その配置で行くと、ここがトイレか？」
「そうだけど！なんでそんなとこばっか・・・」
ぶつぶつと言いながら、シンはオオマツヨイグサの花を、ひとつちぎった。
それからあたりを、ぐるりと見回した。
四方八方、どこも同じような光景だった。
ただ、所々、新しく何かを建てているような、基礎工事をしているようだった。
「間取りとか、前とは違うのがいいんですよね」
「・・・・・」
そうか、とは、アスランは言えなかった。
ただ、瓦礫の上の。
緑の上に立つシンを、見ていた。
「二人で住むなら、一階建てでいいでしょ。それに玄関開けてすぐ風呂って、なんかアンタの裸、うっかり見られそうでヤダ」
俺はそこまで間抜けじゃない、と。
思ったけれども、それは言わずに。
「建てるのか？」
この、思い出の場所に。
新しいものを、作っていいのか？
「うー、えっと。お金半分出してって言っていい？」
しかしシンは、他の心配をしていたらしい。
「頭金くらいなら貯まった・・・と思うんだけど。だって家賃払うよりいいじゃん」
正午をまわったからか、海からの風が吹いてくる。
「それに」
シンに千切られた、黄色い花が、揺れる。
「ここに、住みたいんだ。アンタと」

アキノエノコログサ、スズメノヒエ、ヒルガオ、
何もかもを失った土地に、まず、根を下ろす植物たち。

「シン」
「えっと、だめ？」
首を傾げるシンの顔。
高い高い太陽の下、プラントにいた頃よりも、健康そうな色をして。
「この花は、オオマツヨイグサというんだ」
「へえ、知らなかった」
シンが、おそらく意味もなく千切ったのだろう花を指差すと、彼はそれをしげしげと眺めた。
「母さんが持ってた本で知ったんだ。まさか、本物が見られるとは思わなかった」
「ふぅん」
しかし、すぐに興味を失ったようにアスランの顔に視線を戻す。
シンにとっては、そんなことよりも、アスランの返事が聞きたいのだろう。
だから。
アスランは、花を指差したまま、言った。
「庭に、こんなのを生やしてもいいか？」
とたん、シンはぱあっと笑った。
空に輝く太陽のような。
瓦礫を覆う緑のような、笑顔だった。
「ほどほどに、してくださいね」
「・・・・ああ」

白く焼けた瓦礫の上に、太陽と緑が折り重なる。
その上に立つ少年は。
アスランには眩し過ぎるほど、輝いて、見えた。

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注：植物に関しては、正しくないっす！すいませんー！