不安
胸のあたりが苦しくて、目が覚めた。
目を開ければ、シンが見事に胸の上に乗っていた。
何時だろう、と時計を見るともう７時で。
このバカを叩き起こしてやろうかとも思ったけれど、今日は休みだから、このまま寝かせてやることに、決めた。
シンと暮らしはじめて、もうだいぶ経った。
最近では、この程度のことではたいして腹も立たない。
いつもの、ことだ。
胸の上から、ころりとシンをどかして起きあがる。
休みでも、目が覚めてしまったからにはとりあえず起きる。
そのままごろごろと寝ているのは、アスランの性には合わないからだ。
それなのに。
浮かしかけた腰に、熱い腕が絡みついた。
なんだ起きたのかと思って見下ろせば、シンは目を閉じて、何やらむにゃむにゃと口を動かしながら、アスランの腰にしがみついていた。
明らかに、寝ぼけている。
「おい、シン」
起こすのは可哀想かとも思ったが、このままでは動くに動けないので、名前を呼んで肩を揺り動かす。
それでも起きないので、ぺちぺちと頬を叩いて。
それでもまだ起きないので、髪の間に指を突っ込んで、ひっ掴んで。
引っ張ろうとして。
やめた。
指の間の、シンの髪。
しっとりとした熱を含んだそれを、そっと、かき回す。
昨夜は、この髪を掻き抱きながら。
彼の名を呼びながら、達した。
彼の体は気持ちよくて。
アスランに、すべてを忘れさせてくれる。
彼の好意は純粋で。
アスランは、自分がそれに値する人間だと、錯覚しそうに、なる。
シンは、アスランを気持ちよくさせてくれる。
シンといるのは、気持ちがいい。
だから、アスランは不安になる。
自分は。
本当に、シンのことが好きなのだろうかと。
ただ、自分が心地よくあるために、彼と一緒にいるだけなのではないかと。
不安に、なる。
腰を抱いた腕に、きゅ、と力がこもった。
シンの頬が、アスランの脚にすり寄せられる。
「む〜」
無理な姿勢でいるせいだろう、喉を潰したようなうめき声が上がって、それでも、シンは起きない。
「ん」
しばらくもぞもぞとした後に、やがて、楽な姿勢を見つけたのだろう。アスランの腰にべったりと懐いたまま、静かになった。
腰に巻き付いた、細い腕が、気持ちいい。
意外に柔らかい頬の、ふにふにとした感覚が、気持ちいい。
好きだ、と、思う。
この気持ちは。
この気持よさに？
それとも、シン自身に？？
「ん〜」
気持ちよさそうな、シンの寝顔。
無邪気で、可愛い。
そう思うのは、何故だ？
何故、俺は・・・・
「ん〜、ん、っ痛」
知らず、指に力が入っていたのか、いくら起こそうとしても起きなかったシンが、目をつぶったまま、アスランの手をびたびたと叩いた。
それから、慌てて手を離したアスランを、やっと開いた、真っ赤な瞳で見上げて。
「何すんですかぁ」
低くうめいたシンは、そのままがばりとアスランの上に乗り上がってきた。
「っ、こら、シン」
慌てたアスランの様子を気にもせずに、シンは時計を見て喚きだした。
「うわまだ７時だし。なんで起こすんですか！」
「お前がしがみついて離れないからだ」
「ならアンタも寝てりゃいいだろ」
「まず、お前が俺の上に乗って起こしたんだ。お前が悪い」
「だからって・・・」
アスランはこういうところで、くだらない嘘はつかない。そんな頭は回らない。
分が悪くなって怯んだシンは、しかしすぐに、にこりと笑って、アスランの呆れ顔を真上至近距離から見下ろした。
「じゃ、もっと乗ります」
この笑顔は知っている。
バカなことを思いついた時の顔だと、知っている。
「おい待て」
「だってせっかくの休みにこんな時間に起きたんですよ。有効に使わなきゃです」
するり、と、シンの熱い手のひらがアスランの胸の上を滑った。
「っ、あ」
ただ単に乗られていたときには感じなかった、確かな性感に、身をよじらせる。
「なんだ、アンタだって期待してんじゃん」
「して、ない」
そんなことは、していない。
「嘘だって」
するりするり。
シンの手は、感じやすい胸の頂をいたずらに擦った後、時にはもっと感じやすいわき腹に移動して。
「嘘じゃ、ない」
手のひらよりも、もっと熱い舌が、ちろりと喉元をくすぐった。
手のひらは、意地悪く下腹を素通りして、腿の内側を柔らかく愛撫している。
「お前の手、が」
指先が、足の付け根をくすぐった。
もう片方の手は、アスランの頬を包んだまま。
「ふ・・・っ、気持ち、よすぎるんだ」
喘ぎながらそう反論すると、シンの手がぴたりと止まった。
いつの間にかつぶっていた目を開けると、目の前に、真っ赤な瞳があって。
びっくりしたように見開かれていたそれが、さっきよりも、もっと。
もっと、きれいに。
嬉しそうに、笑った。
「うわ、もう、ヤバイですよ、アスランさん」
「・・・何が？」
呟いた唇を、唇でふさがれた。
気持ちのいいキス。
こいつは、いつの間にこんなにキスが上手くなったんだろう。
気持ちよすぎて、どうにかなりそうだ。
さっきまで考えていたことなど。
こんな、不安など。
どうでもいいじゃないかと、思って、しまいそうだ。
柔らかく口腔を舐めていた舌が抜かれる。
あたたかな唇が、離れる。
それが、笑って。
無邪気に、笑って。
「だって、俺、愛されてるなって」
気持ちのいい手のひらが、アスランの頬を、何度か撫でて。
笑ったままの唇が、頬や額に何度も何度も押しつけられた。
「何で、そうなる？」
聞いた唇に、また、キス。
「だってさ、アンタ、俺に触られると気持ちいいんでしょ？」
「・・・・ああ」
指先が、喉元を滑る。
頭の芯が柔らかく痺れる。
何もかもが、どうでも、よくなってくる。
「愛してなきゃ、触っただけで気持ちよくなったりしませんよ」
そういう、ものだろうか。
「そーゆーわけで、俺、止まりませんから」
どういう訳だ、と、聞く気力も失って、アスランはシンの手のひらが、自分の膝を掴んで持ち上げるに任せた。
ナカに指を入れられて、一晩経っても閉じきっていなかったそこが、ひくりと蠢いたのがわかった。
襞を擦るシンの指が、気持ちよくて。
何もかもが、本当にどうでもよくなった。
いや、もう。
そういうものでも、どういうものでも、いい。
シンがいれば、いい。
自分のナカでせっせと動いているシンに、
「また何か余計なこと考えてました？」
と聞かれて、アスランは素直に頷いた。
シンは笑って、
「そんなこと、考えられなくしてあげます」
そう、自信満々に言い切った。
そうして、そのとおりにしてくれた。
昼過ぎに、やっと起きてきた頃には。
アスランの頭から、あの不安は消え去って。
朝っぱらから暴走してくれたシンを叱ることで、いっぱいいっぱいに、なっていた。