Fire
淡紅の光が瞬いて、敵機の頭部を打ち砕く。
スラスターの青い輝き。
三機目の腕が落ち、爆散の破片を跳んでかわす。
悲鳴代わりの爆音に気を取られることなく､シンは次の敵を見定める。
ここは、仮面の戦場。
戦闘の後は、何故だか一人でいたくない。
それはみな同じようで、疲れているはずなのに、食堂にはパイロットたちが集まっていた。
そこに、少し高い、少女の声が響く。
「頭部とか腕とか、そういうの狙えるのってすごいですけど、無駄に手加減してるうちに、やられちゃったらどうするんですか？」
ルナマリアの物言いが、必要以上に挑戦的なのは､いつものことだと皆知っている。
「それとも・・・人を殺すのが怖いんですか？伝説のエースパイロットは」
それでもその言いようは酷いと、シンはむっとして、彼女にかける言葉を探す。
「ああ、怖い」
しかしシンが何かを言う前に､強い声がそれに答えた。
強くてでも穏やかな、感情を窺わせない声。
どこまでもどこまでも透明な、翠玉の瞳が少女を映した。
「例えば､そうだな。君はシンを撃てるか？」
「え・・・」
唐突に名前を出されて立ちすくむシンと、戸惑いに言葉を失うルナマリア。
年少の彼等の視線の先で､歴戦の青年は､わずかに目を眇めた。
「俺が撃ったのは、きっと誰かの親か子供で､恋人で・・・顔が見えないだけで､もしかしたら俺の友達かもしれないんだ。だから怖い。殺したくない」
怖い、と。弱音と取れる言葉とは裏腹に、彼の言葉は揺るぎない。
「そんなこと・・・あるわけないじゃないですか」
ルナマリアの言葉は、その場の誰もが思ったことだった。
あるわけがない。
「あるわけない、か」
しかし苦く笑ったアスランは、ここではない遠くを見た。
それがどこなのか、シンは知らない。
「俺は､撃ったよ」
笑ったままの唇で、彼は、シンたちの知らない世界の話をする。
「あいつも俺を撃った。お互い運良く生き残ったけれど､俺は本気で友達と殺しあったよ」
友達と殺しあう。
そんな話を、普通に。
知らない敵と殺しあう。
そんな、シンたちに向かって。
「どう、やって」
おもわず聞いてしまったシンに、アスランは軽く首をかしげて見せた。
まるで、二人だけのときの仕草に見えて、どきりと胸が鳴る。
「どうって」
翠玉の瞳が､ここにない光景を映して、幾度か瞬く。
「どうもこうも､モビルスーツ戦なんて、どうやったって同じさ。撃って､切って､蹴り飛ばされて・・・最後に､俺が組み付いて自爆した」
組み付いて、の言葉とともに上げられた腕は、友達と肩を組むような形で止まった。
「ストライク」
ぼそりとレイが呟く。
「ああ」
淡々と、アスランが答える。
シンは､以前特別に見せてもらった資料写真を思い出した。
ばらばらになった二機分のパーツと、溶けかけたコックピット。
最強といわれた機体と､それを倒したトップガンの戦いの跡は、パイロットの生存など､考えられない惨さだった。
あんな戦いを､友達と？
シンの疑問を感じ取ったかのように、しかしはぐらかすように。
「士気を下げるような話をして、すまなかった」
そう言って話を打ち切り、立ち上がったアスランに、ルナマリアが食い下がった。
「ねえ、最後にひとつだけ。そのとき、何を考えてました？」
その顔は、揶揄的な少女のものではなく、未熟ながらも戦士のもの。
先達の経験を、己のうちに取り込もうとする。
優秀なパイロットだな、と、アスランは彼女を見直した。
「何も」
しかし、アスランには答えられることがない。
「何もってことはないでしょう？」
「・・・・」
少し、考えて。
「本当に、何も考えられなかったんだ」
それでも、そうとしか言えない。
「その直前に、仲間を殺された。その怒りと憎しみでいっぱいだったんだ。他に何も考えられなかったし､考えながら戦える相手でもなかったしな」
憎しみのまま、撃ち合った。
ニコルの死と共に、忘れられない傷が、そこにある。
「俺もあいつの友達を殺していたから､きっとあいつもそうだったんだろう」
そんなふうに、ならないといい。
この後輩たちは。
彼らに背を向け、ついてくるシンの気配を感じながら。
アスランは、切にそう願った。
自分に割り当てられた部屋のドアを開け、当たり前のようにシンを招き入れると、とたんに閉まったドアに押し付けられた。
赤い瞳が見えたと思うなり、挑むようなディープキス。
舌の絡まり合う、痺れるような感覚に、胸の痛みが幾分か薄れる。
「・・・どうした？」
貪るようなキスの後、弾んだ吐息で問いかける。
激しい瞳が、既に多くを語っていたが、それでも、ただ宥めるよりも、話し合うことをアスランは選んだ。
「あなたは、俺を､撃てますか」
「わからない」
即答され、シンは絶句する。
会って間もないとはいえ、体まで重ねた恋人なのだ。同じ答えが返るにしても、こうも平然と言われるとは思わなかった。
「わからない・・・って」
「撃ちたくて撃ってるわけじゃない。すべて状況次第ということだ」
アスランの言うことは、軍人として、非常に正しい。
それが、シンにはいっそう悔しい。
「前にも言ったろ､俺はオーブ占領戦に参戦していたんだ。君の家族を殺したのは、俺かもしれない」
「あなたじゃない」
「あの乱戦だ。十分にありえる」
「あなたじゃない！」
襟をつかみ締め、背中をドアに叩きつける。
されるがままのアスランは、ただ、シンの瞳を覗き込んでいる。
燃えるシンの瞳とは対照的に､翠の瞳は静かに凪いでいた。
しん、と澄んだ湖水の翠。
欲しくて欲しくて、手をとってくれたときには、ほんとうに嬉しくて。それでも時々､どこか遠い、シンの想い人。
欲しいのに。
この人のすべてが､欲しいのに。
想いのままに口付けて、好き放題に口腔を犯し､つかんだままの襟首を引きずるようにして､ベッドの上に押し倒す。
唇を甘く濡らした恋人は、大人しくシンの腕に収まった。
「んっ・・・」
長いキスをしながら、シンはアスランのシャツに手を突っ込み、強引にはだけさせた。
息継ぎのたびに波打つ白い胸は、膨らみなどなくても十分にそそる。
「ねえ、アスランさん」
その先端にも、口付けて。
「こんなこと、許してる俺を、撃てるんですか？」
こだわるシンに、アスランの答えは変わらない。
「ああ・・・撃てるだろう」
なんで、撃てると言いながら、その相手の背に腕を回せるんだろう。
「必要なら、な」
そんなふうに、かなしく笑いながら。
「これでも？」
「っ、あ・・・」
ズボンの中にも手を差し込まれ、感じ始めていたものに触れられて、よじった下肢をあらわにされる。
しなやかな筋肉が、思いのほか柔らかな皮膚に覆われているその脚が、シンは大好きだったけれど、今日はそれを無視して｡
立ち上がってひくひく震えているものを、たくさん愛撫してやれば、意外と可愛い痴態を見られることも知っているけれど、今日はやめて。
脚をつかんで引き上げれば、シンを憶えている場所がひくつくのが見える。
軽く舐めただけの指を埋め込み、そこがまだ固いうちに引き抜いて。
手早く自分のバックルを外し､十分な準備もしないまま、半ば強引に押し入って。
「・・・・・っ、クッ、ああっ・・・」
きつく閉じられた瞼。
震える睫に光る涙。
苦鳴に喘ぐ赤い唇。
冷たい汗に、藍色の髪が張り付いて。
痛みをこらえるその表情が、どんなに魅力的か、きっと、彼は知らない。
「ねえ、こんな顔、キラ・ヤマトにも、見せたことあるんですか？」
彼の言っていた『友達』の名前は、シンにもすぐに予想がついた。
その名を呼ぶとき、アスラン声がことさら柔らかになるのが、不満だった。
「お前・・・っ、俺がっ、初めてだったの、よく、知って・・・・っ」
そう、初めてのときは大変だった。
思い出して、シンは少しだけほっとする。
「そうですよね・・・こんなコトするの、俺だけ、ですよね」
「あっ、ぅ・・・」
いっそう深く突き上げて、声に甘いものが混じるのを確かめる。
この体に、穿たれる快楽を教えたのは、俺。
その俺を撃てるなんて、言わせない。
「言ってください。俺は、撃てないって」
熱い肉に深々と貫かれたまま、苦しげに首を打ち振るアスランに焦れ、シンはシーツに埋まっていた背中を、ぐい、と抱き起こした。
「・・・っ！」
無理な姿勢で引き起こされ、更に深みを増したシンに、内を抉られてアスランはうめいた。
重力が、辛い。
シンの腰を挟む脚が、小刻みに震えているのがわかる。
「ねえ、言ってください・・・」
耳元でシンの声が囁き、彼の望む言葉を紡ごうと、唇が勝手に開く。
それでも。
「お前に・・・嘘は、つけない」
応えたのは、まるで、鎖のようにアスランを縛る理性。
それはもう二度と、手放すことが許されないから。
「でも・・・お前を殺したら､俺も死ぬ、よ」
それくらいしかできないけれど。
「約束、する」
傷ついた少年の､赤い瞳にキスをする。
ほんの少しの動きが内に伝わって、突き抜ける感覚に涙がこぼれた。
「ごめん・・・・」
そうとしか言えない自分が､歯がゆくて悔しい。
中途半端な自分。
涙がこぼれて止まらなくて、縋るものを求めて少年を抱きしめる。
きちんと抱き返してくれる腕に安堵して、深く息を吐き、喘いだ｡
腕の中で震える人を抱きしめ、シンはどうしようもなく後悔していた｡
撃てない､と、そう言うことは簡単だ｡
しかしそれをしないアスランの、誠実さと不器用さを、自分はこんなにも愛していたんじゃないだろうか。
守りたいと、思っていたんじゃないだろうか。
自分の未熟さに吐き気がする。
「あなたは・・・どうしていつも、そうなんですか」
耳に馴染んだセリフに、赤く濡れた唇が､ふわりと笑んだ。
わかってくれたんだ、と、吐息だけの囁きが、濃密な空気を震わせる。
場違いなほど美しい微笑みに､シンが呆然としているうちに、その唇が蠱惑的に開き､少年を誘った。
それに逆らえるシンではなく。
合わせた唇は、極上の蜜の味。
「ん・・・」
シンの上に座り込んで､ただただ震えていた腰が、ゆる、と揺れ､ずるりと引きずる感触と共に、ゆっくりと上がっていく。
「ん、ん・・・」
着たままだったシンのジャケットに縋り､力の抜けた膝を無理に立たせて。
シンの熱をぎりぎりまで抜き出したアスランは､浅く息を継いで今度はその身を沈めにかかる。
「・・・動いてくれるんだ」
嬉しくなって、やさしいキスを繰り返しながら、つたない動きに感じ入る。
「お詫び､だよ」
お前の望む言葉をやれないから、代わりに。
そう言ってくれるだけで、もう十分。
「ぁ・・・・」
下肢に力が入っているせいか､いつもよりもきつい体内。
シンのために動いてくれるのは嬉しいけれど､慣れない行為に息を乱す恋人は、ものすごく可愛いけれど。
それでもさすがに申し訳なくなって、シンは揺れる腰をつかまえて､物問いた気な瞳に笑ってみせた。
「楽に・・・してて、くださいね」
こくり、と、肩の上で藍色の髪が上下するのを確かめてから､シンは半端に入っていた腰を突き上げた。
「あっ、やっ・・・」
快楽に溺れるあなたは、綺麗でいやらしくて可愛らしい。
つかんだ腰を思い切り引き下ろし､あまりの深さに反った背を抱き支える。
額に張り付いた髪を払って、ほろほろと雫をこぼす目元にキスをして。
「すごく、奥まで入ってるの､わかります？」
うん、と頷くだけで答えたアスランの、きゅうきゅうと締め付けてくる腰をきつく抱き寄せる。
とたんに上がる悲鳴のような声。
「だ、め。汚す・・っ」
後ろの刺激だけで濡れそぼっていたものが、シンのジャケットに擦れて弾けそうになっていた。
「いいですよ、汚しちゃってください」
羽織ったままの自分のシャツは､汗に濡れて肌に張り付いているというのに､なんでそんなこと気にするかな。
でも、それも可愛い。
「あっ、・・・ああっ・・・」
刺激に耐え切れず、身を震わせるばかりのアスランを抱きしめて、シンも限界を感じていた。
「俺も、イキそ・・・」
「はん・・・」
耳元にそう流し込めば､アスランの体も大きく跳ねて。
シンも、喰い締めてくる奥に､全部を流し込んでしまった。
「・・・あなたに撃たれて、死ぬのもいいかもしれない」
余韻に荒く息を吐くアスランを横たえて､上から包み込むように覗き込んで。
額に､こめかみに、赤く染まった頬に、口付けして。
「だって、それって、心中ですよね」
どうせ戦って死ぬなら､そんな死に方も悪くない。
乱れた藍の髪を、やわらかく掻いてそう囁くと、その間から覗く翠玉と目が合った。
「いや・・・そんなふうに、ならないといいな」
落ちていた腕が伸びて､シンの頬に触れ、髪の間をくぐって、キスを強請るために引き寄せる。
「・・・はじめっから、そう言ってくれればいいんだ」
二人分の唾液に濡れた唇を尖らせ､思わず呟く。
だから、どうしていつもそうなんだあなたは。
「何が？」
「いいです、もう・・・」
半端に引っかかったシャツをかき寄せてやり、剥き出しの脚に毛布をかけて。
シンは､眠そうな恋人の瞼に、やさしくキスをした。
要は､この人の敵にならなければいいのだ。
それだけのことが、どれほど難しいのか、今はまだ、知らないけれど。