得たものは、君だけ
目が覚めると、肩にぺったりとアスランが張り付いていた。
正確には、アスランの頬っぺたが、だ。
アスランと体を重ねるようになったばかりの頃、こうして相手に張り付くのは、シンの方だった。
張り付くだけでは飽き足らず、ぎゅうぎゅうにしがみ付いて、「苦しい」と怒られることもしょっちゅうだった。
だって、そうしていないと、掴み所のないこの人が、どこかに行ってしまうような気がしていたから。
しかもそれは現実となり、一時シンは、本気で人間不信に陥った。
その後再び手にしたこの人に、しがみ付くだけでは足りなくて、縛ろうとして殴られて、子供のように泣いたりもした。
そんなシンも、落ち着いて、大好きな人と抱き合える幸せを、やっと当然のことと思えるようになった頃。
今度は、アスランの方が、シンに張り付くようになっていた。
シンのように、しがみ付くのではなくて。
ただ、ぺたりと。
「・・・アスラン、さん」
「ん・・・」
「アスランさーん」
「・・・・・・ン」
呼んでも起きない。
これが、仕事のある平日ならば、何時に寝ようと定時に起きて、寝ぼけているシンの面倒まで見てくれる人なのに。
休日になったとたんに、とんでもなく寝汚くなる。
まるで、どこかにスイッチでも付いているみたいだと、シンは思う。
まあ、便利だし。
可愛いから、いいけど。
シンが起こしかけたせいか、しばらくんーんー言っていたアスランは、それでもすぐに唸るのをやめて、また、すやすやと健やかな寝息をたて始めた。
以前、この人が寝汚いのは、生存本能が異常に強いからだと聞いたことがある。
アスランから聞いたのだったら信用しなかったけれど、言ったのがあのラクス・クラインだったので、シンは何故か納得してしまった。
現状が安全で、休息可能だと判断すると、体が勝手に休息モードになってしまうのだそうだ。
次に、しばらく休めなくても、大丈夫なように。
それが、両親から受けついた性質なのか、それともそうコーディネイトされたのか、シンは知らない。
きっと、アスランも。
しかし、ならば休日の朝、こうしてシンに張り付いて、いつまでもいつまでも眠っているアスランは、シンの側を、「安全」だと思ってくれているのだろう。
そう思うと、嬉しい。
だからシンは、ゆるやかな寝息をこぼす、アスランの唇に、そっとキスをして。
やっぱり自分で、彼をぎゅっと抱きしめた。
腕にしっとりと馴染む、あたたかな体。
大好きな、大好きなアスラン。
この人が、腕の中で眠っているのが嬉しくて。
抱きしめる腕に、力が籠もって。
「・・・・・ふ、ン」
苦しそうに呻いたアスランが、不意にふるりと睫毛を震わせて、ゆっくりと、その緑の瞳を見せてくれた。
「おはようございます、アスランさん」
ご機嫌のシンは、そう言ってまた、キスをして。
そうして、わき腹に強烈な一撃を暗い、カエルのように呻いた。
「ぐえ」
「痛い。何するこの馬鹿」
馬鹿ってなんだよ馬鹿って！
しかし、自分がアスランを力任せに抱きしめてしまったのは確かなので、シンはしぶしぶ腕の力を緩めた。
「・・・ああ、こんな時間か・・・」
どうやら、本格的に目が覚めてしまったらしいアスランは、無理に首をひねって時計を見上げる。
それから、シーツに腕を付いて身を起こし、またひとつ、シンをぶん殴った。
「朝っぱらから何なんだ、お前は」
この言いように、さっきまでの幸福な思いを吹き飛ばされ、シンは半泣きでがばりと起き上がった。
「何なんだって、何ですか！アンタのこと抱きしめちゃ駄目ってんですか！」
「そんなこと言ってないだろ！加減とか時間とか、そういうものを考えろと言っているんだ！」
「言ってない！アンタそんなこと言ってない！！」
「じゃあ言う！朝っぱらから馬鹿力で俺を起こすな！！」
「じゃあ言いますけどね！今朝くっついてきたのアンタの方だから！目ぇ覚めたらアンタがべったり張り付いてたら、ぎゅってしたくなるだろ！」
「だからその力を加減しろ！」
「できるかよ！」
「なんでだこの馬鹿」
「アンタが好きだからに決まってんだろーーーーー！！」
ゼイゼイ。
ひとしきり怒鳴り合い、キレたシンが叫んでしまうと、アスランは不意に、ぱたんとベッドに寝転がった。
昨日シた後のままだから、白い胸が、朝の・・・といってももう遅いが、それでも光を弾いて、キレイだ。
「もういいよ・・・」
「何がですか！」
それでも興奮の治まらないシンは、がうっとアスランに噛み付いた。
ああもう、こんなに大好きなのに。
なんで、そんなコト言うんだよ！
「だから、もういい」
アスランはそう言うと、座り込んだシンの腰に、するりと頬をすり寄せた。
え？
そうして、少年の胴に腕をまわして。
ぺったりと、シンに懐いて。
ええええええ・・・・・
いつも、アスランが懐いて来る時は、寝ぼけているものだと思っていた。
でも、今はちゃんと目が覚めていて。
正気で。
ぺったりと、むき出しのシンの腰にくっついた頬。
まわされた腕。
あったかくって・・・・
「アンタ、一体何なんですか」
それでも、シンは一生懸命、むっつりとした声を出した。
「いいだろ、たまには」
「俺が目ぇ覚めた時、最近よくそうなってますよ」
「よく、か？」
「よくです」
「そうか」
言い返されると思ったのに、彼はそう呟いて、やっぱりぺったりと懐いたままだ。
彼の頬に触れた場所は。
腕の、触れた場所は。
あったかいよりも、もう。
熱い。
「仕方ないだろ」
「何がですか」
「仕方ないんだ」
「だから、何が」
不毛な言い合い。
中途半端に荒げられた声。
その均衡を、アスランが不意に声色を変えて、壊した。
「お前、朝から元気だよな・・・」
柔らかな笑いを含んだ声。
気持ちよくシンの腰を抱いていた腕が、もっと、的確に核心の場所に触れて。
「アンタのせいだろ！」
シンは、何のことで喧嘩まがいをしていたのかも忘れ、がばりとアスランに圧し掛かった。
「おい、本当にやる気か？」
「アンタが悪いんでしょうが！」
「何で俺なんだ、サカってるのはお前だろう！」
「アンタなんかアンタなんかアンタなんかーーーーっ！！」
思い切りよく叫んだシンは、そのまま日の光の中、アスランにがふりとキスをした。
欲しい、欲しいと、言葉でなく訴える、酷く過剰なキスの中。
がむしゃらに貪られ、呼吸さえも奪われながら、アスランは思う。
だって、仕方がないじゃないか。
君に触れていたいんだ。
失うばかりの人生で。
得たものは、君、ただひとりなのだから。
だから。
「・・・っ！苦しい！！」
「痛っ・・・殴ることないでしょう！」
「ああもう、うるさい！するんならさっさとしろ！」
「言われなくたってします！！」
このぬくもりが、欲しくても。
仕方がないじゃ、ないか。
覆い被さってきた少年を、アスランはそっと抱きしめる。
彼のように、力いっぱい、欲しがったりはできないけれど。
それでも・・・・
ただひとつ得たぬくもりを、腕いっぱいに抱きしめて。
アスランは、幸せだった。