えいせんは、すのこの上が大好きです。

いつも、すのこの上で、大好きなお友達の、やすあきどのを待っています。

でも、近ごろは、ずいぶん寒くなったので、たいへんです。

「や、やすあきどの・・・・・」

しろい毛なみをふるふるさせて、すのこの上でごあいさつをするえいせんを、じいっとながめたやすあきは、その首を、あむっ、とくわえて、そのまま、ずんずんと部屋へ入っていきます。

「ぅみゃぁ・・・・」

火おけのそばに放り出されたえいせんは、首をかまれたのと、あったかくなったのとで、ふにゃぁ、と伸びてしまいました。

「ねこは、さむさによわいものだ。いつまでも、あのようなばしょにいるな」

大好きなやすあきの言うことです。えいせんは、ふにゃふにゃになりながらも、

「は・・・はい・・・・・」

と、ちいさな声で答えました。

火おけのそばで、あったまって、元気になったえいせんは、やすあきどのに、たくさんたくさんお話をします。

やすあきどのは、いつもだまって聞いてくださるだけですが、えいせんが、

「こんなにさむくて、やすあきどのは、おしごと、たいへんんではないのですか？」

と聞くと、すこし首をかしげて、ぶっきらぼうに言ってくださいました。

「さむいことは、もんだいない。ゆきでもふれば、めんどうになるが・・・」

「ゆき？」

そんなことばは、えいせんははじめて聞きます。

「そうか、おまえは、ゆきをしらないのか」

えいせんは、ちいさなこねこなのです。

まだ、生まれてから、季節がひとめぐりしていないのです。

「ゆきは、そらからふってくる、つめたくてしろいものだ」

だから、やすあきは答えてやりました。

「つめたくてしろいものが、ふってくるのですか？」

でも、ちいさなえいせんは、なんだかよくわからないようです。

「そのうちにふるから、わかるだろう。あたりいちめん、ぜんぶがまっしろになるのだ」

「ぜんぶまっしろ・・・ですか？」

「そうだ」

やすあきがうなずくと、えいせんは、へちゃん、と耳をおっことしました。

「どうしましょう・・・」

きゅうに不安そうになったえいせんに、やすあきは不思議そうにたずねます。

「なにがだ」

「ゆきは、においもまっしろになりますか？」

「・・・・・・・？」

「ぜんぶが、まっしろになってしまったら、わたくし、やすあきどのが、わからなくなってしまうかもしれません」

兄上も、にょうごさまも、にょうぼうも、真っ白でわからなくなってしまったらどうしましょう？

ふるふる震えながら怖がるえいせんに、やすあきは自信をもって言いました。

「だいじょうぶだ。わかる」

雪がふっても、だれがだれだか、わからなくなることなんて、ありません。

それを聞いたえいせんは、やっと安心して、やすあきどのにすりすりしました。

やすあきどのがおっしゃることならば、まちがいはありません。

「よかったです」

「そうか」

その夜は、とても、寒い夜でした。

えいせんが、兄上のおひざの上からうごけなくなってしまったので、兄上は笑って、にょうごさまのところへ行くのをやめ、えいせんといっしょに眠ってくださいました。

その、よく朝です。

えいせんは、お鼻のさきが、ひんやりして目がさめました。

もぞもぞしているうちに、お顔がおふとんから出てしまったようです。

もう一度、お鼻をしまってねようと思ったのですが、そのお鼻が、不思議なにおいをかいだので、えいせんは思わず、大きな目をあけました。

「・・・・？」

思い切って、ほかほかのおふとんから出て、ん〜っ、と、伸びをします。

それから、とことことふすまを回り込んで、しとみ戸が開いている部屋を探しました。

そして、かかっていたみすのはしから、そうっと顔を出してみました。

「！」

えいせんは、声も出ないくらいびっくりしました。

あたり一面、ぜんぶがまっしろのぴかぴかなのです。

不思議なにおいは、まっしろのにおいだったのです。

「ぜんぶまっしろ・・・・」

やすあきどののおっしゃっていたことを思い出した、えいせんのお鼻の上に、つめたいものが、ふわん、と乗っかりました。

「みゃ！」

それはすぐに、べちゃん、とお鼻をぬらします。

ふわん、は、どこかに行ってしまいました。

「そらからふってくる、つめたくて、しろい・・・・」

お空を見上げると、たしかに白いものがふわふわとたくさんふってきます。

これが、「ゆき」だったのです。

「ああ、ずいぶんつもったね」

えいせんの後ろから、みすをのけて、兄上が言いました。

「寒いから、なかに入りなさい、えいせん」

「は・・・はい・・・・あの、でも、ええと・・・」

寒いけれど、雪をもっと見たいのです。

それに、お外にいないと、やすあきどのが来ても、わからないのです。

やすあきどのは、えいせんがいないと、すぐにお仕事に戻ってしまうのです。

えいせんがもじもじしていると、兄上は、

「寒くなったら、すぐに入るんだよ」

と言って、えいせんの頭をひとつなでてから、お仕事に行ってしまいました。

だからえいせんは、こうらんから落ちた雪のかたまりを、前あしの先でつついたり、不思議なにおいをかいだりしながら、やすあきを待ちました。

えいせんが、寒いのに待っているのを、わかっていたやすあきは、いつもよりも早く、あらわれました

雪のつもったへいの上を、きように歩いてきたやすあきをみつけて、えいせんは、よろこんで、すのこのはしまで、はしって行きます。

いつもは、いちど地面に下りてから、えいせんのいるすのこへ上がるやすあきでしたが、今日の地面には、やすあきの体がかくれてしまうくらいの、雪がつもっています。

なので、やすあきはいちどに、こうらんの上にとび下りようとしました。

でも、こうらんの上にも、雪がつもっているのです。

じゅうぶんに気をつけたつもりでしたが、やすあきは足をすべらせて、ふわふわの雪の上に、おっこちてしまいました。

「・・・・・・」

雪がつもっているので、じょうずに地面に下りられませんでしたが、雪がつもっているので、べつに痛くもありません。

ただ、ここから上にあがるのは、すこしたいへんだと思いました。

すると。

ぽすん、と、かるい音が、そばでしました。

それから、にーにーと、ひめいのような声が聞こえました。

えいせんの声でした。

やすあきはがばりと起き上がり、ないているえいせんを探しました。

すぐにみつかったえいせんは、雪のなかにはんぶん埋まって、ばたばたと足をうごかしながら、にぃにぃとないています。

えいせんは、かるすぎて、雪をふみ固めることができないのです。

だから、雪の中でおぼれてしまっているのでした。

やすあきはあわてて、えいせんの首ねっこをくわえて、持ち上げました。

なんだかわからなくなっているえいせんの爪の先が、お鼻にすこしひっかかりましたが、気にしているばあいではありません。

そして、天井のように見えるすのこを見上げ、体じゅうの力をこめて、えいや、と、とび上がりました。

「みゃ、みゃぁぁぁ・・・・」

「もう、だいじょうぶだ、えいせん」

すのこに下ろしても、みゃあみゃあないているえいせんの、つめたいお鼻をなめてやっていると、にょうぼうがやってきて、えいせんの、ぬれた毛なみを拭いてくれました。

それから、二匹いちどに抱き上げて、部屋の中の、火おけのそばにつれてきてくれました。

やすあきは、だっこがあまり好きではないようでしたが、今日は、大人しくしていました。

「も、もうしわけありません、やすあきどの・・・・」

「あのようなところに、とびおりるやつがあるか」

「はいぃぃぃ・・・・」

えいせんは、にょうぼうになでてもらい、やすあきになめてもらって、やっと落ち着きました。

「ふみぃ・・・でも、でも、やすあきどのがごぶじでよかったです。わたくし、わたくし、どうしようかと・・・・・」

えいせんが、どうしてあんなことをしたのかなんて、やすああきは、とっくに知っています。

「しんぱいしてくれたことには、れいをいう。だが、じぶんにできることと、できないことをわきまえろ」

いつでも、やすあきが助けてあげられるとは、かぎらないのです。

「はい・・・・ごめんなさい・・・・・・」

じぶんでひっかいてしまった、やすあきどののお鼻をなめて、えいせんはあやまります。

「それから、あまりそとにでているな、かぜをひく」

きょうも、えいせんは、寒い中、やすあきを待っていたのです。

そのうちに、ぜったいかぜをひいてしまいます。

「でも、おそとにいないと、やすあきどのいらっしゃっても、わかりません・・・・」

しゅん、となったえいせんの、すっかり乾いたほっぺたをなめてから、やすあきは言いました。

「わかった。こんどは、へやまでたずねるようにする」

「やすあきどのぉ・・・・」

お顔をやすあきどのにくっつけると、やすあきどのの、いいにおいがしました。

雪のにおいも、不思議ですけれど、やすあきどののにおいも不思議です。

そのにおいをかいでいると、えいせんは、安心して、ねむたくなってしまいました。

「ゆきは、こわいのです・・・・」

「そうか」

「やすあきどのと、おへやであそぶのですぅ・・・・」

「そうだな」

「ぅにゅぅー」

くるくるとのどをならしながら、しあわせそうにねむってしまうえいせんをながめながら、やすあきは、そうっと外のようすをうかがいました。

雪は、まだふっています。

今日は、もう帰れないとはんだんして、やすあきも、えいせんにくっついてまるくなりました。

雪は、まだまだふっていますが、明日は晴れると、やすあきのお髭がいっています。

太陽の下で、ぴかぴかひかる雪をみせれば、えいせんもきっと、雪を嫌いにはならないでしょう。

ぴかぴかの雪を、ふたりでながめるのは、きっと楽しいにちがいありません。

やすあきも、しあわせな気分で目をとじました。

にょうぼうたちが、にこにこ笑いながら、それを見ていました。