デート
アスランが、デスクの前から動かない。
「アスランさぁん、まだですかぁ？」
「もう少し」
もう少し、もう少しと、一体どのくらい待たされているのだろう。
せっかくシンが部屋に来ているのに。
せっかく、明日オフなのに。
「なんなら、先にシャワー浴びてろよ」
しに来たんだろ、とばかりの、その人の態度も気に入らない。
そりゃ、まあ、しに、来たんだけど。
でも自分たちは恋人同士なのだ。するだけが、目的じゃないはずなのだ。
「シャワーなら浴びてきました。それより、その仕事、そんなに急ぎなんですか？」
もともと、シフト上のオンだのオフだのも関係なく、仕事をしているような人なのだ。
それを思うとなんだかムカついて、シンは立ち上がって、その人の背中を、デスクチェアの背もたれごと抱きしめて、画面を覗き込んだ。
「こら、シン」
「第二次プラント防衛戦の報告書ぉ？そんなモン、今読まなくったっていいじゃないですか」
「いや、頼んでいて、やっと送ってもらったものだから・・・わかったよ、ほら、どけ」
仕方なさそうに画面を落としたアスランの髪に、シンは機嫌よく口付ける。
やっと、この忙しい人を独り占めできる幸せに、口元が勝手に緩んで仕方がない。
アスランも、すり寄るシンの頬を撫で、緩く、笑って。
「シャワー浴びてくるから、待ってろよ」
「んー、このままでいいんじゃないですか。アスランさん、イイニオイ」
髪の間に鼻先を突っ込んで、くんくんと犬のように鼻を鳴らすシンの頭を、アスランはぐい、と押し返した。
「俺が、嫌なんだよ」
その拍子に、シンの頬をかすめた耳たぶが熱い。
声にも、わずかに照れがにじんで。
「アスランさん可愛い」
「何が・・・んっ」
ちゃんと、前にまわって、キス。
いつも、少しだけ見下ろされているから、相手が座っているときに、こうやって上からキスできるのは、嬉しい。
さらさらの髪に指を差し込んで、引き寄せて、深くする。
アスランさんの甘い舌、軽く食んで。食べちゃいたいくらい大好き、って、教えてやる。
深いキスの後は、必ず小さなキスをくれるのが、好き。
こんなに好きなのは、シンだけじゃないってわかるから。
「シャワー、浴びてくるから」
しっとりと濡れた、艶のある声にぞくぞくするけれど、シンは抱きしめる腕に力を込めて、それを止めた。
「だからいいってば」
「シン」
咎めるように名を呼ばれ、なんだか必死になって言い訳を探す。この声に叱られるのは、やっぱり嬉しくない。
「だって、ほんとにいい匂いなんですよ」
ほのかに甘い香りに、わずかな汗のスパイス。この肌が欲に濡れたとき、放つたまらない色香を思い、シンは軽く頭を振って、それを払った。
「それに・・・、なんか、それじゃ、するだけが目的みたいで・・・」
いつも、一人部屋のアスランのところで、シャワーを浴びて、ベッドにもつれ込んで。
そりゃあ、いつも盛ってる自分も悪いんだけれど。
シンだって、まだ16歳。恋人同士、という響きに、もっと夢も希望もあるのだ。
「それが目的なんじゃ、ないのか？」
真顔の、アスラン。
「違います！！」
なんてこと言うんだこの人！信じらんねえ！！
一瞬で頭に血が上ったシンを見上げ、アスランは「わかってるよ」、と小さく笑う。
その言葉だけで、シンの怒りは穴の開いた風船のように、あっという間にしぼんだ。
「ヒドイですよ・・・」
「ごめん」
手を伸ばされて、頬に、優しいキス、もらって。
こんな簡単にほだされる自分が、情けない。
「俺だって、その、普通にデートとかしたいです。そりゃ、あの、あなたとする、のも、好きだけど・・・」
語尾が小さくなるのは何でだろう。
今、この人の顔が、まっすぐに見られないのはなんで？
「パイロットが二人も艦を離れるのはまずいだろう。今は、戦時下なんだし・・・」
アスランの言うことは、いつも正論で、悔しい。
「それに・・・シン」
うつむいたシンを、翠色の瞳が、下から覗き込んだ。
シンを諭すときの、オトナのカオ。
でも、ちょっとほっぺたが赤い。
「今してるのは、その、デートじゃないのか？」
する、と、頬を撫でられ、目を瞬いているうちに、視界からアスランの瞳が、消える。
そのまま、立ち上がった彼の胸に、きゅっ、と抱きしめられて。
髪を撫でてもらって、耳元に、キスしてもらって。
「二人で一緒で、幸せなのがデートじゃないのか？」
「・・・なら、二人でいるとき仕事とかしないでくださいよ」
軍服の脇をきつく掴まれて、苦く笑って。
「ごめん」
「アンタそればっか」
「うん、ごめん」
きっ、と睨み上げたルビーの瞳に、微笑って、キスして。
思い切り深いキスを、返されて。小さなキスを返してやって。
ぴったりと寄り添った体から、お互いの熱が、よくわかって。
「ぅ〜」
小さく唸ったシンに、また微笑い、アスランはいつも外されている少年の軍服のボタンを、もう一つ、外した。
「するのだけが目的じゃ、ないんだよな、お前は」
「そ、そうですよっ」
強がる声に、笑みが深くなる。
「俺もそうだよ」
空いた首筋に、指を這わせて。
「お前といたいんだ」
「俺だってっ！」
噛み付かれるようなキスが、気持ちいい。
「ああ。一緒にいたいし、触れたい・・・だから」
少し屈んで、喉もとにキス。その位置から、軽く、見上げて。
「セックスも、したい」
「ズルイですよアンタ！」
がばり、と、音がしそうな勢いで抱きしめると、バランスを崩したその人は、デスクチェアに座り込んで、声を立てて笑った。
そのイスごと引きずって行ったベッドに、シンは勢い良く恋人を引っ張り上げる。
そこでふと気が付いたように、されるがままだったアスランが起き上がった。
「ああ、待てよ、だからシャワー」
「今日はナシ！このまま抱かれろ！！」
力いっぱい圧し掛かり、赤い軍服を剥ぎながら、シンは思い切り宣言した。
「あーもう、今日は思いっ切り泣かせてやる！」
あらわにされた胸に、丹念な愛撫。
アスランは、翠の瞳をやさしく細めてシンの頭を抱き寄せた。
「たのしみに、してるよ」
「当然！」
そのまま、胸の先端にキスされて、高い声が上がって。
二人で一緒が、やっぱり、幸せ。