誰か
驚いた。
聞き間違えようのない、あの人の声がして。
モニターに、あの人の姿が映って。
そうして、変わらない調子で。
また、わけのわからないことをとうとうとしゃべった。
驚いた。
そうして、ほんの一瞬、嬉しい、と思って。
それを、慌てて打ち消した。
何故、あの人が生きている。
何故、またやめろとわめきたてる。
何故、俺がオーブを撃っちゃいけない。
何故。
パーロットスーツを脱いでも、部屋に戻っても、気持ちはぐしゃぐしゃのままだ。
気持ち悪くなって、洗面所で吐いて。
胃の中が空っぽになっても、まだ、吐き出したくて。
この、胸の中でぐしゃぐしゃしているものを、吐き出したくて。
吐き出して、きれいに、してしまいたくて。
「・・・っぐ・・・・・」
うめいていると、レイに背中を撫でられた。
ほんの少しだけ、楽になった。
「シン、混乱する気持ちはわかる。だが」
する、と、レイの手のひらが、背を撫でる。
「簡単なことだ。彼はあのとき死ななかった。さすがは、ヤキンを生き残ったパイロットだな」
「し・・・なな、かった・・・・・」
「そうだ」
やっと顔を上げたシンに、タオルを渡して。
「今度、また討てばいい。気にするな」
今度、また。
あの人と戦って。
シンの体中に、あのグフを貫いた時の衝撃がよみがえる。
アロンダイトが、ずず、と、金属に沈んでいく振動が、握り締めた操縦桿に、直に伝わってきた、あの瞬間。
「あ・・・っぐ・・・・」
苦しい。
苦しい。
苦しい。
「シン」
レイの手が、シンの頭に乗せられた。
見上げた青い瞳。きれいだ。
あんなふうに、曇りのない気持ちになりたい。
こんなにぐしゃぐしゃなのは、嫌だ。
「じっとしているから、余計辛いんじゃないか？」
そうかもしれない。
何かしていれば、きっと余計なことを考えないで済む。
ぐしゃぐしゃにならないで、済む。
「ディスティニーでも弄って来い。随分やられたからな。整備班もまだいるだろう」
「・・・そうだな。ありがとう、レイ」
彼に言われて、そのとおりだと思った。
立てないんじゃないかと思った足は、いつものとおり自分を支え、口をすすげば、吐き気は治まった。
そう、じっとしているからいけないんだ。
するべきことをすればいい。
今は、機体を万全にして。
そうして。
俺は、どうしたいんだろう。
考えようとして、やめた。
「どうですか？」
整備班長に声をかけると、いつもどおりデータを渡してくれる。
「ああ、もうちょっとかかるが大丈夫だ。センサーバランス見てくれ」
「はい」
自分の機体を見上げる。
ディスティニー。
そう、俺は、これを議長から受領したんだ。
これを使って。
敵を、討つんだ。
『敵って、誰だよ』
不意に、以前聞いた言葉が浮かび上がる。
胸のぐしゃぐしゃが、よみがえる。
そうして。
「今度こそ、あの裏切り者を討ってもらわないとな！」
明るく、声を掛けられた。
それに、シンは耐えられなかった。
「・・・っ、すみません！」
行く先も考えず駆け出し、飛び込んだのは機体の予備パーツなどが置かれている倉庫だった。
誰もいない。
だれも。
そこに、膝を付き。
パーツに掛けられたシートにしがみ付き。
「・・・っく、う、あ、あああああああ」
苦しかった。
辛かった。
誰かに、助けて欲しかった。
なんであの人生きてるんだ。
またあの人殺さなきゃいけないんだ。
あの人が悪いんだ。
議長を裏切るから。
俺を、裏切るから。
あの人が悪いんだ。
あの時、死んでくれなかったから。
生きてたから。
生きて。
生きて。
ぐしゃぐしゃに乱れた胸の内、その奥に、わずかな喜びを見いだして。
「違うっ！」
敵を討ち損じたんだ。
嬉しくなんかない。
嬉しくなんかない。
嬉しくなんかない。
嬉しく、なんか・・・・
『シン』
自分を呼ぶ声。
何度も。
何度も。
二度と、呼んでもらえないと思っていたのに。
思っていたのに。
「う・・・あ・・・・・」
苦しい。
苦しいよ。
助けて。
誰か。
誰か。
「助けて・・・あ・・・アスラン・・・・・」
その声は。
幸いにも、誰に聞かれることもなく。
不幸にも、彼に届くこともなく。
ただ、暗い倉庫の中。
「たすけて・・・・アスラン。アスラン・・・・っ」
少年の泣き声だけが、響いていた。