だいじなひと
獣のように四肢を付き、アスランは、後ろからの行為に喘いでいた。
激しく突き上げられるたび、喉から洩れ出る声は、甘く蕩けて濡れた色。
耐え切れずに肘が砕け、もう一突きされて、抱えられたままの腰を残し、すっかりシーツに突っ伏してしまう。
とたん、注がれたものの熱さ。
体の奥から、彼の情に焼かれる。
「すっげ、イイ・・・」
耳元に熱い息がかかったと思うと、同じく熱を持った耳に噛り付かれた。
そうして、体液の滴るそれを抜き取られ、乱暴に体を返される。
灼熱の、赤い瞳に映されて、それだけで背筋に痺れが走った。
「シ、ン・・・」
早く、と、首に腕を絡めて誘うと、すぐに再び押し入られる。
「あっ、あ・・・・」
「たまんねー」
喉元で、シンの声。とたんに、鎖骨に噛み付かれ。
「痛っ、ぁ、あ・・・」
その痛みさえ、脳髄を蕩かせる快感になる。
獣人の少年との交わりは、彼を想う深さの分だけ、アスランの快楽も深くして。
獣の夜は、熱く、激しく、過ぎていく。
チャイムの音に、ふたり一緒に目が覚めた。
朝日がカーテンの隙間から射して、少し、眩しい。
シンはそれを避けるように、もぞもぞとアスランの胸に顔を埋める。
二度目のチャイム。
そして、三度目までの間隔は、かなり短い。
それだけで、客が誰だか想像できてしまい、アスランは渋い顔で伸びをした。
毛布の下は素肌だ。何も付けていない。
それは、アスランにしがみ付いたままの、シンも同様。
放ったものもそのままに、泥のように眠ってしまったらしい。
それほど、昨夜の情交は深かった。
「イザーク？」
「だろうな」
がんがんとドアを叩く音が始まって、アスランは深くため息をついた。
出来れば居留守を使いたいのだが、彼には何故かそれが通じない。
もしかしたら、本当に留守のときも、こうやってドアを叩いているのかも知れなかった。
「シン、出ろ」
「いいのかよ」
シンは、がん、と音のするたびに耳を立て、そうしてアスランの様子をうかがう。
だって自分は、耳も尻尾も隠さずに、人前に出たらまずいはずなのだ。
「だって、イザークだぞ」
「げー」
納得したけど余計ヤダ、と文句をつけつつ、アスランがベッドを下りたがらない理由は自分のサカり過ぎにあるので、仕方なくシンは、ズボンに足を突っ込んで立ち上がる。
そうして、振動するドアのカギを、開けた。
「あんま叩くなよ・・・」
「遅いぞ！」
とたんに開いた外開きのドアに、掴んだままのノブを持っていかれ、シンはたたらを踏んだ。
外に出てしまいそうになって、慌てて踏み止まる。
「ちっ、そんな格好で外に出るな馬鹿者！」
言い捨てたイザークは、そのまま半裸のシンを押し退けて、部屋に入って来ようとする。
シンは慌てて止めにかかった。
「おい待てコラ・・・ぐっ」
しかし止めきれず、挙句に振り向きもされないまま顎に正確な一発を食らい、玄関先にうずくまってしまった。
いやでも。
やられてる場合じゃなくて。
部屋は、仕事場も壁ブチ抜いたワンルームだ。
ベッドではまだ、アスランはしどけなく座り込んでいるはずだ。
くわんくわんする頭を無理やり上げて、なんとかイザークに追いついたところで、しかし獣人の少年は、そのまま耳をぴん！と立てて、言葉を失った。
ふたりの眼前には、ベッドから下りようとしていたアスラン。
くせのある、藍の髪の先が跳ねて、朝の光を透かし、きらきらと光っている。
皺になったシーツを、肩に引っ掛けてはいるけれど、それでも隠し切れない肌は、白く輝いて。
とろんと眠そうな翠の瞳は、それが強い光を宿す瞬間を知っている者に、よりいっそうの情を誘い。
見慣れたシンでさえ、見とれずにはいられない風情で、アスランはぞんざいに言い放った。
「お前な・・・他人の部屋にずかずか入ってくるなよ」
そんな言葉さえ、喘ぎに焼かれたことが明白の、かすれた声で言われれば、こくりと生唾を飲むほど色っぽい。
「貴様は身を慎むということを知らんのか」
怒りに震えるイザークの声に、アスランは怯むどころか、腕を上げてこしこしと目を擦ってから。
「何を今更・・・・そうだ」
そう言って、にっと笑った口元に、ぎょっとするほどの艶を含ませて。
「お前も、するか？」
その、淫らな生き物は、髪をかき上げる仕草で、無意識にイザークを誘う。
「してやってもいいが、犬の後というのが気に食わん。抱いて欲しけりゃ身奇麗にして来い！」
こんなアスランを目の前に、そう言い放てるイザークを、シンは心底凄いと思った。
思ったけれど、それを悟られたら、雄として負けだと精一杯の虚勢を張る。
「犬じゃね・・・ギャンッ」
しかし、シンのいた位置が悪かった。
振り返ったイザークに、素晴らしい勢いで蹴りを食らい、玄関のドアまで吹っ飛ぶ。
そして更に「邪魔だ！」と蹴り転がされ、勢い良く閉まったドアで頭を打った。
散々だ。
「あー、怒らせたな。あいつ何しに来たんだろう」
暢気に呟いたアスランが、見事に伸びた少年を心配し、とことこと玄関先まで出てきたところで、まるで聞いていたかのように、また、ドアが開いた。
「母上が、この間の鳥の礼だそうだっ！」
そう言って、突きつけられた、菓子折りらしき白い箱。
そういえば、さっきもこれを持っていたような、いないような。
「ああ、気を使ってくれなくても良かったのに」
確か、運動場を貸してくれたイザークへの礼に、アスランは精巧な鳥のロボットを作っていた。
「エザリア様の焼き菓子かな。いい匂いだ。ありがとう、イザーク」
上機嫌に受け取ったアスランとは目を合わさず、イザークはまた、がなり立てる。
「そんな傷を付けさせるな馬鹿者！」
彼の視線は、昨夜シンに噛まれた鎖骨の傷に注がれていた。
彼のそんな優しさに、アスランは切なく笑い、しかし、すぐに意地悪く唇を歪めて。
「お前だって、よく噛み付いてたじゃないか」
「一緒にするな！俺はなぁっ！」
そのまま、何も言えずにゼイゼイと息をついたイザークは、力任せにドアを閉め、今度こそ、足音荒く帰って行った。
「・・・・あんたさ、時々、思うんだけどさ」
何とか自力で起き上がり、耳も尻尾もへちゃんと落っことして。
変わらず、色っぽい姿を晒しているアスランを眺めながら。
シンは、なんだか疲れたように、ため息をついた。
この人が、いろいろ、凄く『慣れてる』のはわかっていたけれど。
あれはないよな。と、思う。
『お前も、するか？』
そんなこと、簡単に。
「もう少し、自分のこと大事にしろよ」
とりあえず、そう言ってはみたけれど、この人がそんなこと聞くわけがない。
「イザークは、なんだかわりと大事にしてくれているみたいだ」
案の定、アスランはそう言って、笑う。
「なぁ、アイツにも、させてたのか？」
そのままなんとか立ち上がり、シーツに隠された肩に懐くと、アスランは目を細めて、懐かしそうな顔をした。
「昔の話だよ」
そうして、甘い匂いのする箱を、シンの頭の上に置いて。
大きな耳を、くしゃりと潰して。
「お前が嫌なら、もう他の奴とはしない」
「・・・俺が嫌って言わなかったら？」
「ん・・・イザークとは、古い仲だからな・・・・・」
あー、もう、この人は。
「だから、自分大事にしろってば」
「だって、お前やイザークが大事にしてくれてるじゃないか」
そう言ったアスランの、艶やかな笑顔。
どこまでも、自分を大事にしない人。
ああ、ほんとに。
この人、俺が大事にしてやらなきゃ。
シンは、そう心に決めて。
大事な人を、ぎゅーっと抱きしめて。
鎖骨に残る赤い傷を、ぺろりと、舐めた。