時計は、１１時５９分を指していた。

コンクリートの残骸の上に立った笑師が、ハンディカラオケを持って声を張り上げる。

「それではみなさん〜、新生ＶＯＬＴＳ四天王を代表いたしまして、ワイ、笑師春樹がカウントダウンさせてもらいます〜」

てめえの他に誰がやるんだ、さっさとしろ、引っ込めアホー！等々。

散々な、親しみのこもった野次に礼をしつつ、カウントダウンがはじまる。

「さん〜、にい〜、いち〜、ハイ、ＨＡＰＰＹ　ＮＥＷ　ＹＥＡＲ！」

殺風景なごみ処理場の空きスペースに、ちゃちな装飾。その中で、新年を祝う声があちこちで響く。

そして。

「誕生日おめでとう、花月」

何度聞いても似合わない、そして嬉しいセリフに耳をくすぐられ、花月はかすかに首を竦ませた。

本人は絶対に自覚していないが、十兵衛は本当に良い声をしているのだ。

「うん・・・ありがとう」

その声に含まれた震えの意味を、取り違える十兵衛ではなく。密やかに重ねられた唇を、うっかり目撃してしまった新生ＶＯＬＴＳの面子は、しっかり見て見ぬ振りした。

ささやかな宴会の後、軽い足音で階段を上っていく花月を追いかけ、十兵衛はずっと気になっていたことを、改めて問いかける。

「本当に、何も用意しなくて良かったのか？」

数日前、今年も花月のために何か用意しようと、十兵衛は電話を掛けたのだ。

細かい気配り、というものに、自分が長けていないことを知っている十兵衛は、まだ幼い頃から、誕生日プレゼントのリクエストを、直接本人から聞いている。

しかし今年、恋人は笑って、その心遣いを辞退した。

「いいよ、今は十兵衛より僕の方が、いろいろ自由になるんだし・・・」

以前から、花月のねだる物は、花だの菓子だの予備の髪留めだの他愛のない物で、十兵衛の自由にならない物など、ひとつも言ったことがなかったのに。

「ああでも、君には会いたいな。行ってもいいかい？」

それは十兵衛にとって願ってもないこと。

そして、花月は今ここにいるのだ。

「いいんだよ。もう誕生日が嬉しい年でもないだろう？」

狭い踊り場でくるりと振り向いた花月は、階段ひとつ分で同じ目線になった十兵衛の、見えない瞳を覗き込む。

「そうか」

その気持ちはわからないでもないので、何か釈然としないまま、十兵衛は頷いた。

「うん、そう」

にこりと笑った花月は、十兵衛の手を取って上へと急かす。

「それよりさ、早く部屋、戻ろう」

その声の甘さ。

十兵衛は、こらえ切れなくなって、その華奢な手を引き返した。

そして、バランスを崩した花月の体を、思い切り良く抱き上げて。

「ぅわ十兵衛、ちょっ、やめろってば・・・・」

いわゆる「お姫様だっこ」状態で、一段飛びに階段を駆け上がるサムライの姿は、はっきり言って、ギャグだった。

腿の内側、薄く敏感な肌を熱い舌で舐め上げられ、直接的な快感と、間接的な期待に、勝手に腰が動いてしまう。

「あっ・・・はっ・・・ん・・・・・」

あれから即、十兵衛のベッドに投げ込まれ、見えていないのが嘘のような手早さで服を脱がされて、抱かれ慣れた体はすぐに熱くなった。

世界で一番大切な人に触れられて得る快感は、他に比べられるものじゃない。

「ん・・・・んふ・・・・・」

きわどい場所に口付けを落としながら、まったく視線を遣らずにベッドサイドの引き出しを開ける十兵衛の腕を見上げた花月は、ソレをうっかり目で追ってしまった。

透明なチューブに、赤字で「徳用」の文字。

思わず笑った唇を十兵衛のそれに塞がれ、散々に嬲られてからくちゅりと音を立てて離れた後、少し不機嫌な声が、耳元で囁いた。

「笑っただろう、お仕置きだ」

「ひゃっ・・・」

開かれた脚を腰ごと引き上げられ、冷たいままのジェルを、たっぷりと秘部に落とされた花月の体は、突然の刺激に逃げを打った。

それをウェイトの差で押しとどめ、十兵衛は自らの指にもそれを絡めて、そうっと花月のそこに触れた。

「んっ・・・やっ・・・・」

冷たいものが、熱い内に触れて同じ温度になっていく。

粘膜に触れられる快感に、熱を奪われるそれが混じって、いつもより感じてしまう。

くちゅ、くちゅと、卑猥な音と共に内を書き混ぜられる心地よさ。

それでもやがて、物足りなくなってきて。

「ねっ、十兵衛、もう・・・・」

「もう少し、慣らしてからだ」

「イやだ・・・・」

やだやだ、と、駄々をこねだした花月に苦笑して、こちらも余裕を失った十兵衛は、更にジェルを足したそこに、すっかり大きくなった自分のものを押し当てた。

「ぁ・・・・・」

それだけで、恍惚とした表情を見せる花月にキスをして。

「愛して、いる。花月・・・」

「うんっ。うん・・・じゅうべえ・・・・っ、あ、ああっ・・・・・・」

深くふかく繋がって、思い切り互いを確かめ合って。

そうして、恋人たちは新しい朝を迎えるのだ。

「本当に、欲しいものはないのか、花月」

優しく囁かれて、花月はさっきまで深く溶け合っていた場所が、ひくんと疼くのを感じた。

頭を巡らせ、目を閉じたままの恋人の顔から、ベッドサイドに目を向けて。

そして花月は、そこに無造作に置かれた、透明なチューブに手を伸ばした。

「じゃあ、さ、コレ欲しいな。くれる？」

ぐっ、と十兵衛は言葉に詰まった。

自分のそこを、今もたっぷりと濡らしたままの、そのジェルの容器をくるくる回す花月は、可愛い悪魔のようだ。

「別にかまわないが・・・何に使うつもりだ」

それを使うということは、それを使うことをするということで、それを持っていくということは、ここ以外でそれを使うことをするということで、ここ以外でそれを使うということをするということは・・・・

ぐるぐると考え出してしまった十兵衛に、気づいているのかいないのか。

「え？コレって他に使い道があるのかい？」

じいっとラベルを覗き込んだ花月は、そこに書いてあるらしい、無限城内のアダルトショップの店名や商品名を、声に出して読み始めた。

「意外と使い道って書いてないものだね。お肌に優しい弱酸性・・・安心の化学合成100％・・・・何書いてあっても、こんなに大きく徳用ってあったら台無しだ」

くすくす笑って、チューブの端を持って振る。

それは徳用だというのに、目に見えて量が減っていた。

「お前が狭いから、量がいるんだ」

「十兵衛が大きすぎるんだよ」

むくれた花月が、えいえい、と拳をつくって十兵衛の腰を打った。

その可愛い仕草に、嫉妬するのも馬鹿らしくなる。

「まあ、いい。欲しいならそれをやる」

「うん、ありがとう」

そう言うと、花月は肘を付いて起き上がり、それをもとの場所に戻してしまった。

「・・・花月？」

これが、欲しいのではなかったのか？

十兵衛が首を傾げると、花月はにこりと笑って十兵衛の胸へダイブした。

そして、難なく抱きとめた十兵衛の耳元で。

「ボトルキープ。僕以外に使ったらだめだよ」

「・・・・・他の誰に使うというんだ」

「そうだねー」

笑った花月の背を抱きしめ、愛しいという気持ちのままに、あちこちに唇を押し当てる。

くすぐったいよ、と言う花月も、その真似を始めて。

触れ合った素肌からは、互いの汗の匂いがして、しあわせだった。