馬鹿な子
この子は、実はもの凄く馬鹿なのではないのかと、ギルバートは時々思う。
呼び出しに、何故かまたひとりであらわれたアスランは、いつものようにきちんと敬礼なぞをしていた。
この間、あんなに苛めたというのに。
もしかして、何故苛められたのか、わかっていなかったのか？
しかし、そんな訳がないことは、少年の少し硬い表情からわかるのだけれど。
ギルバートはわざとらしくため息をついてみせた。
「君は、もう少し賢いと思っていたのだけれどね」
アスランの、きちんと伸びた背が少しだけ、揺れて。
わずかなためらいの後、すぐに出てきたのは謝罪の言葉だった。
「すみません」
そこで白を切ったりしない、こういうところは好ましいがね。
「昨日、少し苛めすぎてしまって。彼を連れてくるのはむしろ失礼だと」
くくっ、とギルバートは笑った。
この分なら、本当にシンは、今日はベッドに沈まされているだろう。
立ち回りが上手いのか下手なのか、まったくわからないこの少年は、しかしギルバートのツボには見事にはまっている。
「そういうことに、しておこうか」
「本当にすみません。今日お呼びなのはわかっていたのですが」
わかっていてやったことも隠さずに、少し困った顔をして少ししゅんとしているのは、演技ではなく素なのだろう。
彼は、本気でギルバートの意に沿えなかったことをかなしく思っているのだ。
「まあいい、次は、頼むよ」
する、と、頬に指を滑らせて、囁く。
「・・・・はい」
素直に頷いた彼に、ギルバートも鷹揚に頷いて見せた。
そう。
我慢強くて、苦痛を苦痛と思わない。
傷ついても気づかずに、致命傷を負ってはじめて崩れる。
こういう生き物を無闇に傷つけても、意味がないのだ。
頬から喉へと指を落とし、軍服の襟元を緩めてやる。それは、無言の命令だった。
彼は自分からそれを脱ぎ、ソファの背もたれにかけた。
続いてブーツを脚から抜き取り、きちんと揃えてから、ベルトを外す。
どんなに行為に慣れさせても、自分から裸身をさらす羞恥は消せないのか、わずかにうつむき、頬を染めるさまが、淡々と見せている動きの中に、見る者に心地良い艶を与えていた。
目を細めてそれを眺めるギルバートの前で、すべてを脱ぎ終えたアスランは、困ったように、ほんのわずか、顔を上げる。
命令を待つ仔犬の顔。
さらされた肌が、もう、薄桃に染まっているのも可愛らしい。
その、可愛い生き物に。
「今日は自分でしてもらおうか」
そう、残酷な言葉をかける悦び。
「・・・はい」
そう答えて、まるで淫らなショーの舞台のようなベッドに上がったアスランに、ギルバートは追い討ちをかけた。
「前ではなくて、後ろだよ」
「は、い・・・」
アスランは、わずかに躊躇してから、枕を引きずって背中に当てると、この場を支配する彼によく見えるように、膝を立て、脚を大きく開いてみせた。
見られることにさえ、快感を得るように仕込んだ体は、既にその中心を固くしている。
そうして、その奥。
枕に背中を預け、突き出すように晒されたそこは、何かを期待するように、ひくひくと蠢いていた。
「いやらしいね」
率直な言葉に、顔を赤くして。
それでもアスランは、ちいさく息をついた唇に、長い指を差し込み、ちゅく、と音を立ててそれに唾液を絡めた。
淫らな姿と、その幼げな仕草のアンバランスが、目に楽しい。
そうしてアスランは、滴るほどに濡れた指で、晒されたそこに触れた。
「んっ・・・」
「それでは、よく見えないな」
きゅ、と膝が閉じたのを見逃さず、不興の声を上げれば。
「っ、・・・すみません」
素直に謝ったアスランは、再び開かれた脚の間に、ゆっくりと指先を埋めていく。
「は・・・ぁ・・・」
飲み込む快感を知っているそこは、何の抵抗もなくそれを受け入れ、アスランはわずかに目を伏せながら、甘く息を吐いた。
指先だけではなくて、もっと、深く。
自らの指に押し開かれる様は、たまらなく淫靡で。
ギルバートは傍らに用意された酒盃を取ると、その姿を肴に、ゆっくりとそれを楽しんだ。
「んっ、あっ、あ、ぁ・・・・」
上がる声も、震える体も。
たまらなく、美味だった。
２本に増やされた指が、淫らに花開いたそこを音を立てて蹂躙し、触れられることなく立ち上がったものは、雫をこぼすほどに感じ入っていて。
快楽に染まった脚が揺れ、時折、びくりと体ごと跳ねた。
くつり、と、アスランの痴態を眺める男が笑う。
からり、と、彼の持つグラスが、氷と当たって音を立てる。
そうして、アスランのそこも、時折濡れた音を上げて鼓膜を擦り。
そんな音にも、感じて。
「ふっ、・・・・ぅぅ」
アスランは、たまらず指を更に増やし、感じる場所に押し当てた。
太くなったせいで奥まで入らず、それでも無理やり押し込んで。
ギルバートの視線が、恥ずかしく感じている場所を射ているのが、視線を上げずともわかって。
じりじりと、焼かれるような、眼差し。
それに促されるように、アスランは声を上げて達していた。
「くっ、ああっ・・・」
「なんだ、もうイってしまったのかい？」
はぁはぁと、荒い息を何とか宥めようとしていると、ふわ、とすぐ側に男の気配を感じ、顔を上げられずに頷いた。
後ろを、自分で弄っただけでイってしまい、恥ずかしさにどうにかなりそうだ。
しかも、ギルバートはアスランの濡れた脚の間に手を差し込み、未だ解放の余韻に震えているものに、するりと触れてきたのだ。
「はんっ」
「これは、ちゃんと使えているのかい？」
力を失ったとはいえ、熱の引かないそこに、冷たい手で触れられて。
息を詰めたアスランは、それでも律儀に頷いた。
「は、い・・・」
「こんなに感じやすいのに？」
きゅ、と先を握られて、じわ、と出し切れなかったものが滲んでくる。
「んっ・・・それ、は」
後ろが、と、羞恥に染まった声で囁く従順さに、ギルバートは笑みを深くした。
「では、ちゃんと彼を満足させてあげているのか、見せてもらわないとね。私にも、彼をけしかけた責任がある」
「は、んっ、つ、ぎは・・・」
やっと、見上げてくれた翠の瞳。
淫蕩な熱に濡れているのに、どこか清冽さを失わないそれを、とても、うつくしいと思う。
「頼むよ」
言って、待ち望むかのように薄く開いていた唇に、優しくキスしてやると。
ギルバートは、グラスをサイドテーブルに置き、議長服の襟を、やっと緩めた。
「はしたないよ、アスラン」
「す・・・みませ・・・・」
アスランは、ギルバートの上で、淫らなダンスを踊っていた。
敏感な彼は、ともすれば感じ入って、今にもイきそうなそれをギルバートにすり寄せたがり。
そのたびに、男の腕に押しとどめられ。
「ああっ・・・・」
また、後ろだけでイかされて。
アスランの肌は、苦しげになきながら、それでも艶やかに染まる。
「まだ、頑張れるかい？」
「・・・はい」
他に、アスランに答える言葉はない。
ギルバートは満足げに頷くと、サイドテーブルから、中身の半分ほど残っているグラスを手に取った。
それをアスランの口元にあてがい、細い喉が、ゆっくりと嚥下するさまを楽しむ。
そうして、ほんのわずかに琥珀色を残したグラスに唇を寄せ、大きな氷の塊を、咥え取った。
彼が何をするつもりなのか悟ったアスランは、ただ黙って目を伏せて。
支配者の望むままに、膝を立てるとずるりと彼を抜き出した。
「うん。大人しくしておいで」
言われて、無言で頷き。
灼熱の杭に穿たれ続けたその場所に、凍てつく塊を与えられ、意に反して締め付けてしまったアスランは、その苦しさに声を上げた。
「あ、っあ・・・・」
膝を震わせて、耐える少年の色づいた胸に、ギルバートは笑って、かりりと歯を立てる。
届く限りの最奥に、氷の塊を残したまま指を抜き取り、そうしてその指で、喘ぐ彼の頬に、優しく触れる。
「あ・・・ぅあ・・・・っ」
このうつくしい少年の、苦痛と恍惚の綯い交ぜになった表情に、淫らに濡れた指の残す跡は、凄絶な艶を与えて。
見る者の欲を、そそる。
「溶けてしまったのかな？こぼれてくる・・・」
ギルバートの腰を跨ぎ、開かれたままの内股にも、頬と同じ光る筋を見い出して、そのさまにも、微笑った。
「ああ、これは・・・溶けたものだけではないのだね」
細い流れに逆らうように、すくい取られたそれは、溶けた氷と、注がれた男のものが交じり合い。ギルバートは濡れた指を、なす術もなくこぼし続ける彼の唇に、咥えさせた。
「っん・・・ン・・・・」
しゃぶりつく舌、その熱さ。
耐え切れなくなったのか、ほろ、とこぼれた涙を舐め取ってやり、熱い涙の中、ふる、と震えた翠の瞳が、何かを言いたげに見上げた、そのときを見はからって、ギルバートは赤い唇から、その指を抜き取った。
そうして、一息に、彼の中へと押し入る。
「ぅああああっ！」
「・・・こういうのも、いいだろう？」
ずっと苦しめられていた冷たい塊を、熱い彼に押し上げられ。言いようのない感覚に、アスランはぼろぼろと涙をこぼしてむせび泣いた。
その、綺麗な雫が、ギルバートの残した淫らな跡と混じり合う、そこに、また優しく口付けて。
「熱くて、冷たい。まるで君のようだね」
そう囁けば、少年はきゅう、としがみ付いてくる。
それに、笑って。
「今度は、もう少し我慢しなさい。いいね」
そう言って、ギルバートは咥え込まされた氷にさえ、感じていたものを戒めた。
「くっ、うぁ・・・ぎ、ちょうっ、ぁ・・・ねがいでっ・・・ああっ」
そうして、どんなに懇願してもいかせてもらえずに、後ろで女の絶頂ばかりを味あわされ。
ギルバートの腕の中、のた打ち回ることを強要され続けたアスランは、体の奥の冷たい塊がすっかりなくなる頃、やっと、解放を許された。
「あっ、ひっ、ああっ・・・・」
食いちぎられそうな締め付けと、しがみ付く少年の、必死な力に目を細めながら、ギルバートは思う。
ああ本当に、この子は馬鹿だ。
馬鹿な子ほど可愛い、というのは、どこの国のことわざだったか。
そう、未だに痙攣の治まらない体を、ぐったりとギルバートに預けたこの馬鹿な少年は、レイとはまた違った意味で、とても可愛いのだった。
「なんだ、まだいたのか」
部屋に戻ると、シンがまだ、ベッドに寝転んでいた。
「動けなくしやがったの誰ですか」
言いながらも、シンは意外としっかりとした足取りで、ドアの前に突っ立ったアスランに歩み寄る。
「なんかこう、婀娜っぽいってこういうの言うのかな。こんなの」
アスランの顔を見上げ、まだ少し濡れたままの髪に触れた少年に、アスランは軽くため息をついた。
「なんでそういう言葉ばっかり知ってるんだお前は・・・」
そうして、思い出したように、赤い瞳を覗き込んだ。
「議長が、次はお前も連れて来いってさ」
「え、俺？なんで」
「面白いからだろ。あんまり粗相するんじゃないぞ」
そう言って、ぽんぽんとシンの頭を撫でたアスランは、その感触に満足して、すぐにベッドにもぐり込んだ。
「あんた、上着くらい脱いだらどうですか」
呆れたシンの声に、薄い布団の中からくぐもった声。
「ん・・・いい」
「べっつに、かまいませんけど・・・」
呟いたシンも、踵を返して、アスランのベッドに入り込む。
「また泊まるんなら、レイにひとこと言っておけよ」
「気にしませんよ、あいつ」
狭いベッド、ぴったりとくっついて。
ゆっくりと上下する胸に頬を付けて、シンはじっと考えた。
いかにも「抱かれてきました」な感じのアスランは、すっごく色っぽくてキレイなんだけど。
でも。
やっぱり、面白くない。
そう思って、ぎゅうっとそのひとにしがみ付く。
この人、俺だけのものだったらいいのに。
そんなことを思いながら。
それでも、大好きな人の体温が、シンを眠りに誘っていく。
うん。でも、この人、議長とこうやって寝たりはしないんだろうなぁ。
そんな幸福感が最後に浮かんで、シンは、幸せな夢に、落ちていった。
そんなシンの寝顔を、こっそりと覗き込んで。
アスランは、別れ際に議長が言っていた言葉を思い出した。
『馬鹿な子ほど可愛い、というのは、本当だね』
ああ、本当だ。
可愛いかわいい、お馬鹿なシン。
その頬に、優しくキスをして。
そうしてアスランも、ひどく幸せな眠りに付いたのだった。