あした、天気になぁれ
白いハンカチ、というものが、結構世の中には存在しないことに、シンはちょっと驚いた。
スーパーのハンカチ売場には、レース付きなら白いのがあったけど、レース付きはイヤだ。
でも、ティッシュペーパーで作ると、破れるわバランス悪くてひっくり返るわになることは、子供の頃の経験で知っているので。
結局、端に子犬の刺繍だけがついた白いハンカチを買った。
その後、綿が欲しいとレジのお姉さんに聞いて行った手芸売場で、普通に白い布が売っているのを見てがっくりした。
それでも、まあ、せっかく買ってしまったのだし、と、その子犬のハンカチで作ることに、決めた。
１月、オーブは雨期だ。
たいてい毎日スコールが来て、外からきたヒトが、びっくりするくらい雨が降る。
アスランも、はじめそうだったと聞いた。
そうだろうなと、思った。
「プラントは、月間予定がでてるからなぁ」
のんびりと見上げられた夜空からはもう雨は降っていない。
スコールは、たいてい昼間に来るものだ。
夜に来ればいいのに、とシンは思った。
だって。
「明日も、やっぱり降るよな？」
「・・・降らないことも、ありますよ」
ごくたまに。
１０日に１度くらい。
シンは手の中で、白いハンカチに小くちぎった綿を包む。
これが結構難しい。
化繊の綿は、勝手にはじけて真ん中に留まってくれない。
シンが糸で括るその前に、ずれにずれたあげくに、床に落ちて止まった。
「何やってるんだ？」
窓際から戻ったアスランが、シンの手元をのぞき込む。
ハンカチに刺繍された子犬を見つけて、『かわいいな』と笑った。
「っ、違いますよ！」
「何がだ？」
えっと、このハンカチは他に白いのが売ってなかったからで、手芸売場に行けば白い布が手に入るなんて知らなかったし、だってそんなこと知るわけないじゃん。だからこのハンカチ、俺の趣味ってわけじゃなくってその。
「・・・何だっていいです」
急に気恥ずかしくなって、シンは手の中のひとそろいを握りつぶした。
何やってんだろ、俺。
バカみたいだ。
アスランはまた、首を傾げた。
それから、『可哀想だろ』と、シンの手の中から、ハンカチを奪い取ろうとした。
「え、あ、俺の勝手だろ！」
二人の手の間で、子犬の刺繍が歪む。
アスランはすぐに手を離したけれど、今度は綿の塊がまた、ふわりと落ちた。
遅れて、白い凧糸の端が落ちていく。
「だから何なんだ、それ」
左手で綿を拾ったアスランの右手は、がっちりとシンの、ハンカチを握った手を捕まえている。
操縦幹から工具や製図機械に持ち換えたはずのその手は、それでもどうがんばっても振りほどけないことを、悲しいことにシンは知ってしまっていた。
この人が、どうやってこのバカ力を維持しているのか、よくわからない。
「言いますから！離してください！」
痛いって！と騒ぐと、仕方なさそうに、アスランは手を離してくれた。
握られていた関節がきしきしする。
「で、何なんだ、それ」
高圧的な言いよう。
ああ怒ってんなぁと思いながら、シンの腹も立っている。
「わからないんですか？てるてるぼうずですよ」
バカにしたような声が、巧いこと出た。
「知るか、そんなもの」
もっともっとバカにしたように言われた。
知らないくせに。
シンはちょっと笑った。
胸を張って言った。
「あした、天気になりますようにって、おまじないです！」
「・・・・・おまじないか」
アスランの声音も笑っていた。
緑の瞳も笑っていた。
シンは、しまったと思った。
「あの！おまじないって言ってもその！！」
やばい！すごい！恥ずかしい！！
大の男（シン視点）がおまじないって何だよそれーー！！
真っ赤になったシンに、しかし嫌みなくにこりと笑って、アスランは。
「俺にも、教えてくれないか？」
そう言って、すとんとシンの隣に座った。
子犬の刺繍が、ゆらりと揺れる。
「えっ、あっ、あの」
アスランが、シンの手元をのぞき込む。
髪の先が鼻先をくすぐって、いい匂いにくらくらした。
うわ、シャンプーの匂いピーチだし！
って、俺も同じの使ってるけど！
「・・・あの、ハンカチひとつだけなんで」
「そうか、残念だな」
アスランはあっさり納得して、拾った綿と糸の端をシンに返してくれた。
「・・・それで、どうするんだ、それ」
それでも興味津々の顔で、シンの手元を見ている。
「えっと・・・」
バカにされる！と信じて疑わなかったシンは、もの凄く面食らって。
それでも、アスランが本当にまじめな顔をしているので、ちょっとだけ得意になって。
「この綿を、真ん中に入れて・・・あ」
ころん、とまた綿を落として、今度こそアスランに笑われた。
「不器用だな、お前」
「じゃあやってみてくださいよ！」
言いながら、アスランに材料を丸投げすると、アスランは、「こうか？」と、苦もなく綿の塊をハンカチの真ん中に安定させて。
「・・・で、どうするんだ？」
聞かれて、慌てて糸を手渡した。
「これで、きゅっとしてください」
綿と同じく手芸用品売り場で買ってきた、なんだか丈夫そうな凧糸を渡す。
「きゅっとって、なんだよ」
「え、わかんないですか？こう・・・」
シンは、アスランの手の上から綿の塊を握って、凧糸でその膨らみを括る仕草をした。
アスランは、なるほど、と頷いて。
「綿、もう少しいるんじゃないのか？」
「でも、頭重すぎるとひっくり返るんですって」
「ああそうか、これ頭なのか」
「何だと思ってたんですか・・・」
そうして、きれいなてるてる坊主を作ってくれた。
まあるい頭のてるてる坊主。
子犬のマークのてるてる坊主。
シンはそれを、軒下の端に吊そうとしたけれど、アスランの「雨が降ったら可哀想だ」という意見に押されて、家の中に吊すことになった。
「降らないようにっておまじないなんですけど」
ぶつぶつ言いながら、それでもシンはしっかりと、凧糸の先をカーテンレールに結びつけた。
「明日、晴れるといいな」
それを見上げてアスランが言う。
「・・・うん」
シンは、こっくり頷いて。
それから、ちょっと背伸びをした。
アスランが、それに気づいて屈んでくれる。
明日は、久々に二人の休みが合ったから、デートする約束になっていた。
海に行こうとシンが言い、アスランも、雨期を忘れてうっかりそれに同意していた。
キスする二人の頭の上で、子犬の刺繍がぴょこりと跳ねる。
あしたはきっと、お天気だ。