青い夜には銀の月
青い夜には銀の月。
カーテンの隙間から漏れる月光が、少年の頬を白く照らし出していた。
ぼうっとそれを眺めていたアスランは、ふと気がついて彼の背中を抱き寄せ、その光から隠した。
眩しくて目を覚ましてしまっては、かわいそうだと思ったからだ。
とたん、汗の匂いが強くなる。
甘い体臭。
シンの、匂い。
少年が眠っているのをいいことに、アスランはその頬に唇を寄せてから、好き放題に跳ねた、彼の髪に鼻先を埋めた。
ほんの一時間ほど前まで、アスランの上で激しい運動をしていた彼の髪は、まだ、しっとりと汗に濡れたままだ。
シャワーを浴びろと言ったのに、聞かずにごねた少年を、アスランは一発殴っていたのだけれど。
それでも、今、こうして彼の匂いを楽しめるのだから、それもまた、良かったかな、と、思う。
愛しい少年。
大好きな、シン。
何故、こんなにも彼に魅かれるのか、アスランにはわからない。
昔の自分に似た少年。
彼に、自分のような思いをさせたくなくて、何度も何度も語りかけてぶつかって、理解り合えなくて。
こうして、肌を合わせている今でさえ、アスランの言葉は、彼には届かない。
それが、悲しくて。
悔しくて。
そうして、それさえも愛おしい。
想いのままに、彼の背を抱く力を強くする。
腕いっぱいに感じる、少年らしく引き締まった体。
俊敏な力を秘めて。
アスランを、満足させる、体。
彼は、早くアスランよりも大きくなりたいというけれど、そんなに急ぐことはないのにと思う。
体など、放っておいても大きくなるのだから。
だから、今は。
きゅう、と抱きしめた細い体。
アスランの、愛しい少年。
アスランの、大切な、大切な子供。
この子を助けるには、俺はどうしたらいいんだろう。
叱ってみた。
殴ってみた。
欲しがった
それでも、彼はアスランの言葉を聞かない。
理解しない。
俺は、お前に。
辛い思いをして欲しくないのに。
君には、汚れて欲しく、ないのに。
甘い甘い、少年の匂い。
切ない思いも、この匂いに包まれていると、どうでもよくなってしまいそうだった。
アスランの、大好きな、いい匂い。
くんくんと、犬のように鼻を鳴らし、額の生え際にキスをして。
そうして、また、頬に唇を下ろして。
匂いは甘いくせに、しょっぱい味に、少し笑ったとき。
閉じられていたはずの少年の瞼が、ふ、と、開いた。
青い夜に、煌々と光る、赤い瞳。
アスランも、目を瞬かせて。
「・・・・シン」
名を呼んで、その目元にも口付ける。
「あんたさ」
眠気にかすれたシンの声。
いつもより、大人っぽくてセクシーだ。
「うん、何だ？」
応えた声は、らしくない甘さに染まる。
そんな自分に苦笑して。
「きれいだね」
言われて、言葉を失った。
「・・・・・」
赤い瞳がふわりと笑うと、まるで、子供の飴玉のようだった。
「みんな青いのに、目だけ緑で、綺麗だ」
言って。
きゅう、と抱きついてきたシンは、間抜けに半開きだったアスランの唇にキスをして。
そうしてまた、赤い瞳は閉じられる。
甘い体臭。
くうくうと、気持ち良さそうに洩れる寝息。
何故だか、シンがきれいだと言った緑の瞳に、涙が滲んで。
しかし流れ落ちることなく、アスランはそれを、少年に髪で拭い去る。
青い夜には銀の月。
赤い瞳の愛しい子。
抱いて、眠る。
過去に何があろうとも。
この先何があろうとも。
アスランは、今、しあわせだった。
|
青い夜に、緑の瞳。 |