雨
雨が、降っている。
永泉は、窓の外を見上げた。
灰色の空と、優しい雨は、かつて慣れ親しんだ世界のものと変わらない。
『しかし違う。あまり雨には当たらぬ方が良い』
その言葉に頷いたので、外には出ないのだけれど。
それでも、永泉は雨が好きだった。
自分が生まれた日、陽が沈むまでは良く晴れていた空がにわかに掻き曇り、雷鳴と共に、激しい雨が降ったのだという。
そして、永泉が産声を上げると同時に、たちまちのうちに空は晴れ、六日の月が西の空に輝いていたのだと。
それを瑞兆だと、この皇子こそが、帝の位を継ぐべきだと、そう言った人々は、その後、皆、権力の座から落ちた。
だから永泉は激しい雨も雷も、自分の生まれた暑い季節も嫌いだった。
その代わりに、その季節が来る直前、この、優しい雨の降る時期が、好きだった。
この世界では、暦が少しずれているのだという。
だから、永泉の生まれた日は、あの暑い、夕立の季節ではなく。
この優しい、雨の季節なのだ。
永泉は、泰明の言いつけを少しだけ破ることにして、ベランダへ続くガラス戸を開けた。
そして伸ばした手のひらに、はたはたと落ちる雨の粒を受ける。
この雨は、神子が、そして、泰明殿がくれた雨。
私の、誕生の日を祝ってくれる、優しい雨。
雨が、降る。
無機質のベランダに跳ね返る滴の音。
その音さえも、いとおしい。
そうして。
その音に、背後のドアの開く音が混じり、静かだった室内に、騒がしいほどの気配が満ちた。
「永泉さん、お誕生日おめでとうございます！」
「よう永泉、やっと同い年だな」
「おめでとうございます、永泉さん。ケーキ作ってきたんですけど、お皿借りていいですか？」
「・・・・これを、やる」
目の前に突き出された、その手に不似合いにきらきらしい箱から、泰明の少し赤い顔へと目を移し、永泉は柔らかに、笑った。
「ありがとうございます」
雨が降っている。
優しい、雨が。