甘えて。
「なんか、すっげー理不尽なんですけど」
「理不尽なのはお前だ、バカ」
「バカって何ですか。だって理不尽でしょ、なんでアンタいつまでも年上なんですか！」
「そんなの先に生まれたからに決まってるだろ！」
バカバカしい言い争いにため息をついて、アスランはシンの入れてくれたコーヒーをすすった。
今日は、アスランの誕生日だ。
だから、夕食はシンが腕によりをかけて・・・メインはデリバリーのピザだけれど。
だって、下手なもの作るよりは、こっちの方が美味いし。
これなら、どこかに食べに行けばよかったかも知れない。
シンはちょっとだけ後悔した。
「お前、コーヒー淹れるの上手くなったよな」
とにかくここで喧嘩をするのも、と思ったアスランが、話を逸らそうとあらぬ方を向いて言い。
「コーヒーメーカーが勝手に入れるからだろ！話逸らすな！！」
シンは、涙目でテーブルを叩いた。
だって、本当に理不尽なんだ。
シンだって、この人に追いつけるように、毎日毎日頑張っている。
学校行って、勉強して、バイトして、お金貯めて・・・・アッチの方だって、本読んで先輩に聞いて勉強して！
なのにアスランはいつまでたっても余裕ヅラで、しかも今日ハタチになりやがった！
コーディネイターは１５歳で成人と見なされるけれど、ナチュラルの多いオーブでは、法的に、完全に大人扱いになるのは２０歳からだ。
プラント生まれのアスランは、特に気にしていないようだけれど、シンにとっては先に大人になられたようで、もの凄く気に入らない。
理不尽なセリフも出るというものだ。
「なんで、先に生まれたりしたんですか！」
「お前な・・・・」
アスランも呆れ顔で、がなる少年に目をやって。
それから、ふと。
妙な顔で、笑った。
「そう、だな。あと、二年遅く生まれていたら・・・・」
そこで切って、切なげな視線を、カップに落とす。
「どうなっていたんだろうな」
ニコルは、死なずに済んだのだろうか。
ジャスティスには、誰が乗ったのだろう。
ジェネシスは、どうなっていただろう。
アスランの殺した人たちは、生きていただろうか。
そうして。
「俺は、お前に会えたのかな」
自然と、笑みは苦くなる。
会えたとは、思えなかった。
生まれるのが二年遅ければ、アスランがザフトの入隊資格を得る頃、先の大戦はもう終わっている。
その時に、母のためになることは、きっと戦うことではなくなっていただろう。
「会えましたよ」
しかし、少年の応えは簡潔だった。
「だって、アンタに会えなきゃ、俺、幸せになれない」
「なんだよ、それは」
アスランは笑う。
そうか、自分に会わなければ。
この子は、今もザフトのエリートなのだろうか。
可愛い女の子を彼女にして、きっと普通に、幸せに、なっていただろうか。
それとも。
彼の人の、戦闘人形のままだろうか・・・・
「だーっ、もう、わかれよ。俺が好きになんのは、アンタだけだって」
アスランの思いを、幾分か理解していても、シンは相変わらず大声だ。
思わず、他意のない笑みがこぼれる。
「ルナと付き合ってたくせに」
「アレはアンタが！」
真っ赤になって、怒鳴って。
涙目になった少年は、今度はぐすんと鼻をすすった。
泣くのか！？と、アスランは身構える。
泣かれるのは、苦手だ。
どうしたらいいかわからなくなる。
しかしシンは、なんとかそれをこらえ切り、浮かんだ涙を乱暴に拭った。
「アンタは、俺と会えなくっていいのかよ！」
誰がそんなこと言った。
「ムチャクチャだぞ、お前」
アスランの声は、呆れの色を十分に含んでいたけれど。
今までのものよりも、ずっと深くてやさしいものだった。
「何がですか」
「言ってることが、だ」
「だから何が」
少年に、自分の言っていることが支離滅裂だという自覚はまったくない。
そう、ここでこんなことで怒鳴られる、それこそまったく理不尽だ。
「誰もそんなこと言ってないだろう」
言うと、アスランはちょいちょい、と犬でも呼ぶようにシンを手招いた。
むくれた顔のまま席を立ったシンは、テーブルの向かいのアスランの側に立ち。
そうして。
アスランは、すい、と手を伸ばすと、少年の頭を抱き寄せた。
キスしてもらえる、と、思ったのも束の間、シンの顔はアスランの肩に突っ込んでしまう。
文句を言おうとしたけれど、アスランの手はあたたかくて。
アスランの肩は、あたたかくて、広くて。
体格でもまだ敵わないシンは、また少し悔しくなったけれど、気持ちいいことには変わりがないから。
シンも腕を伸ばして、アスランの肩に抱きついた。
いろいろとぐちゃぐちゃだけれど、こうしていると、やっぱりとっても幸せだった。
この人好きで、俺は幸せ。
でもやっぱり、ちょっとムカつく。
でも、幸せ。
「俺は、先に生まれて良かったけどな」
シンを抱いたまま、アスランは言う。
「良くないです」
「だって、同い年だったら、お前こうやって甘えてくれないだろ」
「甘えてなんかないです」
「嘘をつけ」
「嘘じゃないです」
言いながらも、シンの腕はアスランにしがみ付いたままだ。
シンのそんな様子に、アスランはくすくすと笑う。
この子と会った時、自分は、今のこの子と同じ年だった。
そしてまた、戦争があった。
あの時、もう、自分は誰かに甘えるということを、忘れ切ってしまっていた。
なら、きっと同い年だって、甘やかすのは自分で、甘えるのはシンの方だと確信できるのだけれど。
アスランは、その時彼に出会える自信も、彼を見つけ出す自信も、まだないから。
そんなに強く、幸福を望めない自分を、知っているから。
だから。
「俺は、先に生まれて良かったよ」
「アンタ・・・」
「でも、そうだな」
笑って。
肩から顔を上げたシンの、赤い瞳をのぞき込んで。
また、笑って。
今度こそ、キスをしてやって。
「別に年上でも、俺が甘えたっていいんだよな。・・・知ってるか？俺は今日、誕生日なんだ」
可笑しそうに言ったアスランに、シンは勢いよく叫び返す。
「知っ・・・・アンタがムチャクチャだっつの！」
この、シンなりのごちそうは何だ。
プレゼントしてやった工具は？
だいたい元々何の話だったんだ！？
シンは、がばりとアスランに抱きつき直し、そうしてぐいぐいと引いて無理やり立たせた。
「おい」
「甘えるんでしょ、ベッド行きますよ！」
「片付け・・・」
「あと！」
「全部お前がしろよ」
「はい。・・・って、するってどっち！？」
片付けのこと？それとも！？
「どっちもに決まってる。俺は今日、誕生日なんだからな」
言われて。そして。
ふと、思う。
この人、こんな物言いする人だったっけ。
こんな風に・・・シンに甘えてくれる人だったっけ？
そう思うと、嬉しくなった。
「はい！頑張ります！！」
『二歳も』あった年の差が、『二歳しか』ないに変わるまで。
たぶん、あと少しだけ待てばいい。
あと少しだけ、一緒にいればいい。
そうして、二歳しか違わない二人は、それからきっと、ずっと、一緒にいるのだろう。
ムチャクチャな理論を振りかざし、甘えたり、甘えられたりしながら。