alive
薄暗い部屋、黒髪の男の上で､白い体が淫らに揺れていた。
「っ、あ・・・はぅ・・・ン」
相手の肩に縋りながら､それでも貪欲に自らの感じる場所を体内の雄に擦り付けて。
藍色の髪を振り乱し、感じるままに声を上げるその姿は、まさに『淫乱』そのもの。
互いの体液でしとどに濡れている場所からは、くちゃくちゃと卑猥な音が響き､その場の空気をいっそう粘ついたものにしていた｡
「は・・・あ、あぁ・・・・っ」
感極まった声を上げ､触れられてもいないものから、幾度か目の蜜を吐き出したアスランの腰を、ギルバートは緩く､しかし確かな力で抱き寄せた。
「んんっ・・・」
きつく締め付けたものからも、熱い飛沫を注がれて､いっそう身を震わせたアスランの耳元に､深い､心地よい声が注がれる。
「上手になったものだね」
「・・・・ありがとうございます・・・・・・・」
かすれた声は､常の彼を知るならば､信じられないほどに甘く。ギルバートを悦ばせた。
契約の証にと、体を求めたのはほんの戯れだった。
簡単に応じた彼が､初めてだと知ったときには驚いたが､その順応の高さにもまた、驚かされた。
伝説とまで言われたエースパイロットが､男に足を開いて甘く喘ぐ姿など､誰が想像しただろう。
「ぎ、ちょう・・・」
くちゅり、と体内の雄芯を抜き出され、掻き乱されたシーツの波に投げ出されて。
更なる快楽の予感に身を震わせる姿は、たまらなく雄の欲を誘う。
「まだ、ギルと呼んではくれないのかい？」
大きくかぶりを振るのは、呼び名のことか、それとも再び押し入った熱に耐えるためか。
「・・・っ、あぁっ」
抱えた足が大きく跳ねる。
びくびくと震える筋肉の痙攣を腕いっぱいに感じ､それは内側に喰い締められる感覚と相まって､思いがけないほどの興奮を呼んだ。
「アスラン・・・」
名を呼べば､喘いだ声がいっそう高くなる。
乱れた髪を打ち振るい､抱かれる悦びに歓喜する。
そんな生き物が、そこにいた。
少し､気を失っていたらしい。
ゆるゆると浮かび上がる意識が最初に知覚したのは､髪を撫でる大きな手。
続いて､身を横たえたシーツの滑らかさと､腰に掛けられた毛布の柔らかさ。
起きるのがもったいなくて、そのまままどろむアスランに気付いているのか、ギルバートはただ、緩やかに髪を梳き続ける。
契約は、単純で簡単で無茶なものだ。
アスランには､信念のために戦う力を。
ギルバートには､一人の強力なパイロットと、アスラン・ザラの名の利用価値を。
対等な取引とはいえないが､それでも力を欲したのは自分であり、間違った選択ではなかったと今も思う。
契約の証､とやらも、実は嫌いではない。
シンあたりが知ったなら､また怒鳴られることだろうが。
いつまでもぼんやりしているも気が引けるので､思い切って目蓋を開ける。
すぐ前に､橙玉の瞳。
そこまでは思ったとおりだったが､それは、いつもの得体の知れない笑みを浮かべてはいなかった。
「・・・・？」
思い切り怪訝な顔をしているのが自分でもわかる。
さすがに失礼だろうと、瞬きと共に眉間の皺を消し､ゆっくりと、身を起こす。
「・・・・っ！」
とたんに走る下肢の痛み。
今日は、少し､無理をしたかもしれない。
「大丈夫かね」
気遣う声と共に伸ばされた腕に､そっと、抱き寄せられる。
もう一度見上げた瞳は､いつもの笑みに細められていた。
むしろ、この方が安心する。
「大丈夫です、これくらい」
意識を切り替えれば、こんなものは痛みのうちに入らない。
「十分､飛べます」
その、翠玉の輝き。
素肌に、赤い痕。今さっきまで、男を食んでいた体。
しかしそれは、望むもののために、宇宙を駆け、力を揮う青年のもの。
「無理をするものではないよ」
藍色の髪に指を絡め、気遣う声を作る。
汗を含み、乱れた髪のほうが、洗たてのそれよりも、心地良いとギルバートは思った。
「ありがとう、ございます」
髪を撫でられるのが好きなのか、それとも眠気に弱い質のせいか。
再びまどろみに落ちそうになるアスランの視界に、赤い光が明滅した。
それは、レッドアラートを想起させ。
叩き込まれた軍人の本能が反応し、がばりと起き上がったアスランに、ギルバートは少し驚いたような顔を見せる。
「・・・すみません。あの、電話、じゃないですか？」
赤い光はカウンターの上だ。そこに通信機の類があったのを、確かに記憶している。
何故､呼び出し音が切られているのかはわからないが。
「この部屋で、俺が出るのはまずいですよね」
「ああ・・・そうだな」
珍しく、ひどく気だるそうな声を残し、立ち上がったギルバートの手のひらを、アスランは少し惜しんだ。
受話器を取る軽い音と､話し声。
「ああ。わかった」
ギルバートが言ったのはそれだけだったが､戦闘に慣らされたコーディネイターの耳には､受話器の向こうの声と雑音も､切れ切れだが理解できた。
セイバーの、修理と補給､完了。後ろの機械音は､聞きなれた工廠のものだ。
アスランは眠気を振り払い､立ち上がる。
痛みは、すぐに治まるだろう。
散らばった軍服を拾い集め､ブーツだけは諦めて､裸足のまま浴室へ向かう。
ギルバートが振り返る前に、アスランの姿は寝室から消えていた。
音量だけでなく、電話自体を切っておくべきだったな。
ギルバートはそう結論付けて首を振った。
最高評議会議長という肩書きは､音信不通になることを許さないが､最悪ドアを叩かせれば済むことだ。
ギルバートの与えた翼と剣は､アスランの力を十二分に引き出した。
そうなれば、有能すぎるほど有能な彼は、留まることなく飛び続ける。
それは、ギルバートが望んだことであり、アスランが望んだことでもある。
しかし。
まさか、ここまでとは思わなかったのだ。
意外に柔らかい、滑らかな肌。
シーツに散った、藍色の髪の美しさと、揺れる翠玉の瞳。
それらすべてをパイロットスーツとヘルメットで隠し、縋りつくその指で操縦桿を握り。
翼折れるまで、飛ぶことを止めないだろう彼の姿を想い、最高権力者は、また、緩く首を振った。
扱い易そうな子供だ、というのが、第一印象だったか。
先の戦争での動きから、流されやすい性質を持っていることはすぐにわかった。
どうやら自分が、見せかけているとおりの「精錬潔白善良な最高評議会議長」でないこともうすうすわかっているようだが、特にどうこうしようとする気配もない。
不安定な賢さと、愚かさと。
こんな脆弱な生き物が、どうしてあの戦争を生き残ったのか不思議だが。
ただ、世界のために、と。
そんなことを思っていた頃が、自分にもあったかもしれないと思うと、どこかに置いて来たはずの、居たたまれなさを思い出す。
こんな思いをするのなら、うっかり手を出すのではなかったと、今、本気でそう思う。
「少し、休んでいったらどうかね」
「いえ、すぐにL５に向かわなければなりませんので」
ブーツに足を突っ込んで、すらりと立ち上がったアスランに、もうあのベッドでの艶は一切感じられない。
「食事くらい取ったらどうだい？」
「途中で頂いていきますから」
そこにいるのは、どんなに過酷な戦場も生き残ってきた戦士。
「すまないね。君から眠る時間を奪ってしまった」
「自動航行システムがありますから。L５まで少し眠れます」
襟を正し、袖を直す。
「それに・・・」
伝説のエースパイロットにふさわしいかたちを整えて、アスランはまっすぐにギルバートの前に立った。
「ずっと、セイバーに乗って飛んでいると、自分がセイバーの・・・なんというか、制御ユニットのような、気がしてくるんです」
緩く細められた翠玉の瞳。
少し赤みを残した唇が、柔らかな笑みを形作って。
「議長とこうしていると、私も生きた人間だったのだと、安心できますから」
この人が何を考えていようと、自分は今できることをするだけ。
そう思えば、この関係も悪くない。
いっそ潔い愚かさを、映した笑みの、そのうつくしさに。
ギルバートは、不覚にも見とれてしまった。
「しかし、ね・・・」
どんな相手も、言葉巧みに篭絡し、陥れ、操ってきた。
そのギルバートが言いよどむ。
「この争いが終わったら、いくらでも休めます」
「・・・・そうだね」
その休息が､冥土のものでないことを、ギルバートは祈る。
祈って、しまう。
「では、失礼いたします」
敬礼ではなく、深々と頭を下げて、去っていく青年の背中がドアの向こうに消える。
それを見送り、ギルバートはソファに深く身を沈めた。
「この争いが、終わったら、か・・・・」
そのとき、君はどうしているだろう。
生きていても、・・・いなくても。
自分の側にいないことだけは、確かなのだろうが。
すべては動き出してしまった。
ギルバートは、自分の望みのためだけに、打てる手はすべて打つ。
そして。
祈るのは、彼のためだけに。
どうか、生きて、と。