赤いリボン
この日は毎年、コーディネイターの比較的多いオーブの街は、不思議な雰囲気に包まれる。
目的の店へ、急がずに足を進めながらシンは思った。
そわそわと浮き足立っているのはシンが子供の頃と変わらないけれど。
それがどこか、そっとしているというのか、密やかと言うのか。
だから余計に、ざわめいているように感じられたりだとか。
そんな感じが、する。
目的の店では、赤いリボンを掛けられた、白い百合の花が飾られていて、ああ、こんな感じだとシンは思った。
女の子の多いその店で、悩んだ末に赤いリボンのかかった箱をひとつ買って。
それから、帰りがけに近所の花屋で白い百合の花を買った。
赤いリボンを掛けてもらおうかと思ったけれど、何も言わないうちに、百合には黒いリボンが掛けられた。
シンも、はじめはそのつもりだったので。
黙って、それを持って帰った。
「アスランさーん、起きた？」
玄関を開けたところで、家の中に人の気配を感じる。
それが幸せなことだと気がついたのは、あの戦争が終わってからだった。
「起きてるよ。・・・ああ、すまない」
コーヒーを煎れていたアスランはまだ少し寝ぼけ眼で、それでもシンの持った百合を見て、ありがとうと言って笑った。
「今日は、すぐに売り切れるから、良かった」
「アンタがいつまでも寝てるからですよ」
「仕方がないだろう、帰ってきたの朝方なんだぞ」
シンにコーヒーカップを渡す指の爪に、黒い機械油が入り込んでいる。
カップを受け取りざまにそれを舐めようとして、その手でべちんと叩かれた。
「おい」
「手、ちゃんと洗って下さいよ」
「洗ったさ。落ちないんだ」
むう、と膨れて自分の分のコーヒーをすする。
その様子は、年齢よりも幼く見えて、シンはそれで許してやることにした。
「メシ食ったら、花、上げに行きましょう」
「ああ」
「それから、これ」
赤いリボンの小箱を渡す。
アスランは、笑って受け取った。
「ありがとう。・・・おまえにもあるぞ」
「ありがと・・・って、何コレ」
アスランは、黒い物体の詰まった籠を手渡した。
「なんだかお前っぽかったんだ」
「そうですか・・・・」
アスランが、わかっていて下ネタをやるわけがないから、これは無意識だったんだろう。
そう思いたい。
通常よりも小さなチョコバナナを満載した籠を見ながら、シンはがっくりとうなだれた。
天然って、怖い。
「ここの、美味いんだよな」
そんなシンの様子など気にもせず、アスランは赤いリボンをほどいていた。
「うん。・・・ねえ、一個下さいよ」
「ああ。それも一本くれ」
「・・・・・」
「？」
嫌だとも言えずに、シンは籠に掛けられたラッピングを取り、それを一本差し出した。
食べているところは、ちょっと、見ていられなかった。
その後は、百合を持って海に行った。
シンの運転する車の中で、アスランは、百合の黒いリボンの上から、シンからもらったチョコレートの、赤いリボンを掛けていた。
「黒いほう、取っちゃったらどうですか」
「いや・・・」
アスランは、少し、ためらって。
「そうだな」
呟いて、黒いリボンを取り去った。
赤いリボンの掛かった百合は、きっと。
黒いリボンの掛かったそれよりも、女の人に喜ばれるだろうと、シンは思った。
「うん」
器用に花にリボンを巻いて、アスランが頷く。
「こっちの方が、母さんも喜びそうだ」
アスランも、同じように思ってくれたのが、嬉しかった。
アスランが起きてきた時にはもう昼過ぎだったから、海はすぐに暗くなった。
水平線に映る宵闇の空は、とてもとても綺麗だった。
「母さんの髪の色だ」
とアスランは言い、それはそのままアスランの髪の色だとシンは思った。
その髪に、赤いリボンを飾りたいとも思ったけれど、殴られるかなと思って、ただ、帰ろうと言った。
アスランは頷いて、シンと手を繋いだ。
赤いリボンの百合の花は、蒼い波間に消えていった。
帰りに、アスランがチョコケーキを買ったりしたものだから、デザートにそれを食べた後、ベッドでするキスも、なんだかチョコの味がする。
「甘い、や」
「歯は磨いたぞ。・・・なんだ、お前も甘いな」
「磨きましたよ、俺も」
おかげでいっぱいキスができた。
甘い甘い、キスができた。
「アンタ、さ」
「ん・・・・」
キスの合い間、アスランの甘い体に手を這わせながら、シンは、緑の瞳をのぞき込んだ。
「笑うようになったよな。この日でも」
言ってから、しまったかなと思ったけれど。
アスランは、なんだかちょっと仕方なさそうに、笑った。
「笑って・・・なかったか？」
シンは、アスランの足を掴んで、引っ張って。
そこが、よく見えるように、曝して。
「なんか、ヘンな笑いしてました」
「そうか。っ、あ・・・」
精一杯、やさしく触れて、アスランの体を開いていく。
こんなやり方も、もう慣れた。
それだけの時間を、重ねてきた。
毎年毎年叫び倒して、この時節に疎い人でも、バレンタインチョコを用意してくれるくらい、重ねてきた。
「んっ、シ、ン」
アスランの腰が揺れる。
緑の瞳が、揺れる。
「もう・・・・」
濡れた声と、濡れた中が。
どうしようもなく、淫らに、強請る。
「欲しいんだ？」
「バ・・・っ」
真っ赤になった顔、可愛い。
「どーせ、バカですよ、っと」
だからシンは、わざと乱暴に長い足を抱え上げて。
それでも慎重に、自分を、アスランの中に埋めていく。
「は、あ・・・あ・・・あぁ・・・」
アスランの中は、すぐにシンに絡みついて。
たっぷり包んで、蠢いて。すごく気持ちよく、締め付けて。
シンを夢中にさせるけれど。
その媚態を見下ろしながら、シンはなんだか悲しかった。
なんでこんなこと思うんだろうと。
そう思いつつも、切なかった。
ねえ、アスランさん。
お母さんは、昔の人になっちゃった？
時間を重ねるってそういうこと？
痛みの上に、違うものを、上書きしちゃうって、こと？
悲しいのと切ないのと、それから、イきたいのは、なんだか似ている。
「あ・・・・あ・・・・・っ」
アスランの中が気持ちよく締まって。
シンのお腹に擦れる、アスランのものもびくびくと震えて。
もう、イくんだってわかった。
「シン、シン・・っ」
気持ちのいい腕がシンに絡んで、きゅうきゅうとしがみついて。
そこ体を、抱き返して。
その気持ちのいい体の中に、全部ぜんぶ吐き出して。
下肢で、アスランの熱いものも、弾けたのを感じて。
「あ、あ・・・・・っ」
甘いあまい声が、長く尾を引いた、後に。
「・・・お前が、いてくれるからだ」
荒く息をつくシンの耳元で、アスランがそう、囁いた。
「さっき、言ってただろ。俺が笑ってるって」
やさしい指が、シンの頬に触れる。
顔を上げると、緑の瞳が微笑っているのが見えた。
それが、くい、と近づいて。
ちゅ、と、柔らかな唇が、触れて、離れた。
ほんのりと、チョコレート味のキス。
それから。
その唇が、また。
綺麗にきれいに微笑んだ。
「お前がいるからだ。だから、俺は笑っていられる」
アスランの笑顔は、とっても、とっても綺麗で。
まるで、花が咲いたみたいだと思った。
赤いリボンを掛けた、百合みたいだと思った。
だから、シンは。
「ねえ、アスランさん」
「なんだ？」
アスランの買ったチョコレートケーキには、赤いリボンが掛かっていた。
それをシンは、部屋に持ってきていて。
「リボン・・・」
殴られるかな、と思いながらも、アスランの髪をくくって、掛けた。
痛みは、決して消えないけれど。
だからその痛みに、赤いリボンを掛ける。
痛みも、喜びもみんな。みんな重ねて。
赤いリボンを、掛けて。
「朝には取るぞ」
「わかってますよ」
殴る代わりに、アスランは、また、かすかにチョコの味のするキスをしてくれた。
アスランの藍色の髪に、思った通り、赤いリボンは良く映えて。
とても、とても綺麗だった。