紅い棺
新しい機体に乗るたびに、これが俺の棺になるのだろうかと、思う。
見上げた紅い機体。
アスランの乗るそれは、相変わらず損傷が多い。
自慢ではないが、乗って壊したＭＳの数ならば、どんなパイロットにも負けない。
初めて大破させたジンに、皆が息を飲んだのは、いまだに覚えている。
７機乗って、７機壊した。
こんなに効率の悪いパイロットは、他にいないだろう。
たいていは一機目。
運が良くても二機目で、機体と共にジャンクになるのだから。
八機目の、紅い機体。
薄暗い格納庫。
非常灯に浮かび上がる紅。
インフィニット・ジャスティス。
無限の名を持つこのＭＳこそ、無窮の時を、俺と共にいてくれる機体だろうか。
俺と共に逝く、機体だろうか。
脚部のグリフィン受容基部を撫でてみる。
近距離戦に、特化した機体。
言ってしまえば特攻機だ。もちろん、自爆装置もついている。
アスランは以前、同じ名を持つ機体を自爆させている。
あの時は、共に逝くことができなかったけれど。
迎えに来た少女のもとへ、棺の扉を開けて、出て行ってしまったけれど。
しかし。
今度こそ。
この機体が、俺の棺になるのだろうか。
機関部の誘爆する光。
あの、紅い色を思う。
無数に見たあの色は、この機体を包むだろう、核エンジン暴走の光に似ているだろうか。
あの、紅い光に。
不意に、アスランは同じようにMSに乗る、年下の少年のことを思い出した。
まるで、あの爆発の光のような紅い瞳をした少年だった。
まるで、コックピットの中で流される血のような、紅い瞳をした少年だった。
あの少年を。
止めるために。
アスランは今、戦おうとしている。
彼も、勝つために機体を捨てる戦い方をするパイロットだ。
機体の特性もあるが、それでもまだ、彼は、自機を修復不可能になるまで壊したことがない。
自機の放つ、あの紅い光を見たことがない。
うん。
シン。
俺は、お前にあんなものは見て欲しくない。
見て欲しくないんだ。だから。
ビーッ ビーッ ビーッ
突然の警告音。
アスランは顔を上げる。
「第二種戦闘配備発令。第二種戦闘配備発令。グリーン・デルタにローラシア級の反応あり。パイロットは自機にて待機してください。繰り返します・・・」
聞きなれた声の、聞きなれないアナウンス。
コンディションイエローじゃないんだな、と、ちょっと、笑って。
ロッカールームで会った幼馴染は、見覚えのあるデスマスクだった。
自分も、今、同じ顔をしているのだろう。
「偵察艦だと思うんだけど。近くに艦隊がいるかも知れないから」
「ああ。ローラシア級じゃ、単独で任務に就くことはあまりないからな・・・見つからなければいいんだが」
一応、今は軍籍にあるとはいえ、もともと自分たちは無頼の徒だ。
戦うべき場面でなければ、逃げ隠れするのは、当然。
無駄な戦闘は、避けなければ。
手早く着替えて機体に戻る。
ほんの数分前まで、暗く、無人だった格納庫には、今は煌々と明かりが灯り、大勢の作業服を着た男たちが、自分の仕事をするために走り回っていた。
「もう右腕壊すんじゃねえぞ。パーツがねぇんだからな！」
「左ならあるんですね！」
「端っから壊す気かよ！」
もちろん、そんなつもりはない。
それでも。
乗り込んだ
握り締めた操縦桿。
アスランは、MSに乗るたびに、これが自分の棺になるのだろうかと、思う。
繰り下げられ続けた、順番がある。
そろそろ、俺の番でもいいはずなのだ。
息を殺してそれを待つ。
専用運用艦の中。
気密シャッターひとつ向こうには、大勢の整備員。
それでもここは、宇宙のただ中よりも、静かで、孤独だ。
俺の順番は、まだだろうか。
ごうんっ、っと、艦が揺れた。
「第一種戦闘配備発令！ローラシア級より攻撃を受けています。敵モビルスーツの射出を確認。フリーダム、ジャスティスは発進してください。カタパルト解放、進路クリアー」
開いていくカタパルトの向こうには、漆黒の、宇宙。
「アスラン・ザラ、ジャスティス出る！」
高速で撃ち出される
隣には、同じく、友の。
宇宙葬。
ただ、違うのは。
赤い光が宇宙を舞った。
この一撃で、一体何人葬ったのか。
それでも、引き金を引く指は止まらず。
ビームサーベルを振るう手は、止まらず。
赤、青、緑。
三色の光。
帰還信号。
「本隊が来る前に離脱します！」
スピーカー越しの、少女の声。
それに、応えて。
アスランはまた、死に損なった戦場を後にする。
後には、ただ。
葬られた残骸が、あるだけだった。