◆ななつのこ◆
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amour romantique てちてちてち ささやかな音を、二人はほぼ同時に聞き取る。 眠りの闇、静けさ奥。 その中にあっても、気配や音に機敏に反応する悲しい習性(さが)は、自他共にその「寝汚なさ」を認めるアスランにも備わっており。 と、は、言え。 彼の場合一度寝入ってしまえば寝首かかれても貴様は起きないだろう、幸せな奴だとイザークに罵られているが。 まぁそれはともかく。 てちてちてちてちてち イザークが嘆息し、アスランは苦笑しつつベッドを降りる。 今夜は珍しく、大人しく就寝した二人。アスランもちゃんとパジャマ姿だ。 本当に珍しいことに。 そうして隣の子わんこ達の部屋に繋がるドアをそっと開ければ、 あちらの薄暗がりから、そっとこちらを伺う大きな赤い目。 眠るレイを気遣って更にドアを、静かに開けて。 そっとそっと、シンをこちらに入れてドアを閉じる。 ドアが閉じるとシンは…一応、同室のレイへの気遣いもあったので…ようやく安心したらしく、しっぽを振り振りさっさとアスランたちの大きなベッドへと。 よいしょと登ってアスランが入ってくるのを待って。 そうして彼が再び横になると、シンはその懐に潜り込んで寝心地いい体制になるまでもぞもぞ動く。 丸い柔らかな毛玉が落ち着くと、アスランはそれを優しく、抱いてやる。 見上げた先で、アスランの笑った顔と眼が合うと、 「眠れない」 とシンは言い訳。 子わんこは時折、深夜に夫妻のベッドへとやってくる。 今回のようにお伺いを立てる時もあれば、気付かれないと勝手に潜り込んでくることも。 どちらの場合もアスランはシンを追い出したりせず、シンがゆっくり眠れるならばとこうして抱いてやる。 イザークも、それを甘受する。 幼いシンは自覚できないだけで、ずっといっぱい寂しくて悲しい。 何もかもが眠りに就いて静かになって。 視界が蒼い水底の色に沈む夜は、そう時折、眠れなくなるほどなぁんにも聞こえなくて見えなくて。 寂しくて 悲しい。 「アスランさん」 大好きな匂いとぬくもりに包まれて、安心しきったシンの声が 「お歌」 強請ったのは、意外なこと。 そして歌とはアスランにとって忌むべきキーワード。 ある程度のことは優秀に卒なくこなせるアスランであるが、料理と掃除とアレコレソレとそうして、歌。 歌だけは苦手…いや、少なくとも本人は、相手がシンとはいえ人前で唄うなどと言うことは絶対できないと固まってしまうほど。 「歌…は、苦手なんだが」 だから正直にそう言ったのだが、 「お歌がないと、眠れない」 子わんこ、駄々。 アスランは困って、チラリと隣に眼をやるが、憎らしいことにイザークは面白がってにやにや笑いながらこっちを見るばかりで助けるつもりはないらしく。 「…子守唄は、知らないんだが」 母にあやされながら聞いた歌は、ひどく朧で遠い記憶だ。 幼かった。本当に。 優しい歌声は、強請ればいつでも聞けるものと信じて疑わず、だから、あまり意識もせずにいたから。 「じゃぁ、からすの歌」 本気でアスランが(何を唄おうかと)困っているらしいと感じたシンから、泥で作った助け舟。 乗ればたちまち溶け崩れそうな舟なので、やっぱりアスランは 「…すまない、知らない歌だな…」 乗ることが出来ない。 「カワイカワイトナクンダヨって歌」 泥舟の船頭さんはあきらめない。 「からすって、鳥のからすだろ？」 「カワイカワイって」 プラントで生まれ育ったアスランの知らない鳥は、オーブ育ちにシンも知らない鳥らしい。 カワイカワイと鳴く鳥の歌 「変った鳴き声だな」 「はやく。お歌」 今夜のシンはごまかされてくれないらしい。 しかし困った。知らない歌を唄えとは。 いいや知っていてもたぶん、アスランは唄えない。 とにかく、歌は。歌だけは。 「からす なぜ鳴くの」 ふっと。 蒼い静寂の中に、低く遠く、男の声が。 水のような声だ。 強さも弱さも、優しさも激しさも自在で、今は音も無く、深い森に流れる、濃い苔生した涼しいせせらぎのようにゆったり するすると、声。 からす なぜ鳴くの からすは山に可愛い七つの子があるからよ 可愛い可愛いとからすは鳴くの 可愛い可愛いと鳴くんだよ 山の古巣へ行ってみてごらん 丸い目をした いい子だよ 最初、イザークが唄うことに驚いて、次いで彼が意外なほど「上手い」ことに驚いて、しげしげ興味深く彼を見ていたシンであったがやがて。 繰り返される柔らかい穏やかな調子の歌声に、そうして自分を包み込むぬくもりに、うとうとし出してすぐ、寝息をこぼして。 子わんこ特有の甘い体臭が微かに匂うシンの髪に頬を寄せ、規則正しい小さな寝息と合わせてのびのびした呼吸に上下する体を抱きしめて。 想像(おも)う。 シンの「お母さん」は、この歌を唄ったのだ。 そう、シンを抱きしめてやって、あやしてやりながら。 可愛い可愛いいい子だね やんちゃで元気ないい子だよ 彼女の腕はアスランより細くて、頼りないものであったはずだ。 けれどもその腕に抱かれて眠るシンは、今と同じく安心しきって、あっさり深く眠ったのだろう。 可愛い可愛いとからすは鳴くの 可愛い可愛いと鳴くんだよ 可愛い我が子 愛しい子 可愛い可愛いとからすは鳴くの 可愛い可愛いと鳴くんだよ やんちゃで優しい 大事な子 そんな思いで。そんな思いを。きっと、自分の母も、歌に乗せ腕に寄せ胸に抱き。 もし、今も。 シンに、自分に、あの歌声と腕があったら。 戦うことはなかったのか。 何も奪うこともなかったか？ ああでもそうか、その代わり、彼女を得ると言うことは、この腕にあるこのぬくもりを、傍らにあるこの歌声を、失うと言う事なのだ。 可愛い可愛いと唄う人 可愛い可愛い 大事な子 を。 ふと脳裏に浮かんだ、自分に似た面影にごめんなさいとアスランは囁く。 今更もう、手離せそうも無い。 どれもこれも。 それが貴女と引き換えでも。 親不孝者です。ごめんなさい。 何一つもう、手離せません。 滲んだ涙をごまかそうと瞑った目尻を、そっと掠めた固い指も。 「何故泣く」 本気で、戸惑って、問う声も。 可愛い可愛いと泣くんだよ |